2009年06月18日

キリスト馬鹿一代 (私のペンネームについて)

お早うございます。
モトイです。

今日、皆さんの上に、イエス・キリストの栄光が現れますように。

 今日は私のペンネームのお話です。

私がペンネームを使うのは、よけいな混乱に巻き込まれたくない事が理由です。特に私の苗字は特殊なので、名前を言わなくとも苗字とキリスト者であることだけですぐに私であると特定できるほどです。

私は東京都出身ですが、20年ほど前、電話帳で私の苗字を引いてみると、東京都には私の親類以外にはこの苗字を持つ人々が存在しませんでした。

しかしそれらの事と同時に、私がペンネームを使う理由は、モトイ・トクメイ(基・督命)と言う名前が気に入っている事もあります。

キリスト狂いの私は、神学校に入る以前から「キリスト命」と手書きした木製の十字架を胸にぶら下げて歩いていました。この十字架は8センチ×4.5センチもある大きなもので、「キリスト命」とでかでかと書かれた私の汚い手書き文字は、人によっては私の馬鹿さ加減を表しているなどと、憎まれ口をたたかれたものです。

ある時など友人と新宿を歩いていると、私の十字架を一瞬見て通り過ぎ去った人が、わざわざ振り向いて近づいてきました。そしてにらむような目つきで、わざとまじまじと私の胸元まで顔を近づけるようにして、文字を見て通り過ぎ去っていきました。

私は思わず「すげー」と言い、友人も「見てる見てる」と驚きのつぶやき声を上げました。

私がわざわざそんなことまでして自分がキリスト教徒であることを宣伝していたのは、実はそのような人々を引き付けるためでした。彼らは以前の私そのものなのです。

以前このブログの自己紹介の稿で書きましたが、私はクリスチャンが大嫌いでした。当時はオウム真理教も悪さをしていませんでしたので、クリスチャンよりもオウム真理教のほうがまだまともだとさえ考えていました。そしてなぜ日本人の癖に白人の宗教を信じるのかと、不思議に思っていました。私なりの結論では、彼ら日本人キリスト者は、アメリカ軍の占領政策の見事な洗脳支配にいかれてしまった、売国奴的な西洋かぶれの人間でした。

勝手にそのように結論付けてしまっていたのは、私の周りにクリスチャンが居なかったためでした。実は居なかったのではなく、彼らが居ないふりをしていただけだったのですが、そのことを知った時に私は、「なぜもっと堂々とキリスト者であることを公にしてくれなかったのだ」と思ったものです。

もちろんそんな私の前でキリスト者であることを公にすれば、私は猛烈な議論展開でこてんぱんに彼らをやっつけてしまったでしょう。日本では私の周りに議論が出来るキリスト者はいませんでしたが、新宿で路傍伝道していた若い人々の前で、貰ったビラをこれ見よがしにびりびりに破いて投げ捨てた事もありました。

そしてやっと議論をするチャンスが出来たのは、留学先のアメリカででした。そこで出会った日本人クリスチャンの女の子を、私は徹底的に言いくるめて「日本人にはキリスト教は合わない」ことを納得させようとしました。

私に議論を吹っかけられた彼女は大変な迷惑だったでしょう。しかも今から思えば彼女はそれほどあつい信仰を持っていたわけではなく、どちらかと言うといわゆる「世俗的クリスチャン」でした。(それゆえ私は本気で彼女を説得し、「哀れな洗脳にかかったクリスチャン」を救おうと思っていました。)

しかし驚いた事に私の完璧(?)なまでの理論展開を聞いた後、最後に彼女は困惑しながらも怒ったように、「でも私は信じてるんです」とボソッと言いました。その言葉を思い出すと、私のほうが今更ながら感動させられます。その一言に当時はものすごく驚きました。

 私が聖書を本気で読もうと思ったり、教会に行ってみたいと思ったのは、彼女のその一言が私にとってものすごく不思議だったからです。今思えば、黙示録19章10節にある「イエスの証は預言の霊です」がその一言に成就していたのだと思います。

エペソ書1章4節5節に書いてあるように、救いは神の一方的な選びと恵みです。そして、伝道者の書にあるように、「全て神のなさることは、時にかなって美しい」のです。したがって私がイエス・キリストを信じ受け入れたやり方も、神が備えた時と方法に従ったのだと思います。しかし願わくば、もっと早くから私の周りのキリスト者に議論を吹っかけたかったと思いました。その思いが、私をチンドン屋のような「キリスト命」の看板を首からぶら下げたキリスト狂にしたのです。

キリストを信じる前の私がそのような私に出会えば、先にご紹介したわざわざ振り返って私の胸元を凝視した人と同じような、あるいはそれ以上大胆な事をしたでしょう。しかし私はそういう人を釣るためにわざわざそんな事をしていたのです。つまり、彼らと会話をし、彼らのために祈るためです。彼らは以前の私自身でした。「キリスト命」の言葉にはそんな特別な思いがあります。それを漢字表記すると、基督命となり、私のペンネームにしました。

 私の命のために基督をぶつ切りにする私のペンネーム、基・督命(モトイ・トクメイ)には、そんな私のキリストへの情熱が込められています。

今はそんな派手な首飾りをしたりはしてません。あんな恥ずかしい事が出来たのは、やはり若気の至りかもしれません。しかし、キリストに対する感動は今も燃えたぎっていると感じます。私はキリスト馬鹿です。

私はキリストに出会えて本当に幸せです。こんな馬鹿なやり方ではないにしろ、皆さんがこのキリストのすばらしさを感じてくれたらと思います。

あなたがキリスト者なら、さらにキリストのすばらしさを味わってください。

あなたがキリスト者で無いなら、ここまで人を変えてしまうキリストの情熱を知ってください。それはあなたの心で感動の炎を燃やすでしょう。イエス・キリストを信じ受け入れてください。

(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html







posted by モトイ at 05:43| 千葉 | Comment(14) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

なぜイエス・キリストを信じたか

お早うございます。
モトイです。

今回は、私がキリストを信じるようになった経緯を分かち合ってみたいと思います。

私の家はクリスチャンの家系ではなく、東京に何百年も続く或る古いお寺の檀家の家系です。ですから家族も教会やキリスト教などとは縁が無く、友人にもクリスチャンはいませんでした。

しかも私の父は、旧制中学校のときに特別幹部候補生として陸軍に志願した生粋の軍国少年の成れの果てでした。

私の周りの友達は戦争世代の第3第4世代にもなっていたのに、私は第2世代で、父の戦争の話を良く聞かせられていました。

当然アメリカは大嫌いで、キリスト教文明は、白人の世界侵略の道具と信じていました。(実際そういう側面もあったので、信仰を得た今は残念ながらなんとも反論し難いです。)

当然私にとって日本人クリスチャンは、白人文明に魂までも憧れてしまった腑抜けの日本人として大嫌いでした。

あるときなど、新宿のアルタ前の広場で熱心なクリスチャンが賛美をしながら伝道用のビラを配っていたのを目撃し、わざとニコニコしながらビラを受け取り、目の前でびりびりに破いて紙吹雪のようにして空にまくほどでした。

当時の私は知る人ぞ知る、○水会という右翼民族主義団体に所属し、血気盛んな青年右翼を気取っていました。

しかし、英語が世界共通語で、アメリカが世界を牛耳っている以上、英語が話せなければ同じ土俵で喧嘩もできないと思い、アメリカに留学しました。
(っというと聞こえがずいぶん良いですが、実のところバブル時期に高校生だった私は勉強もせずに、2浪までして結局当時はやっていた「電車でいけるアメリカの大学」と言うのにしか引っかからなかったと言うのが本当のところです。)

親元を離れてのアメリカでの生活は放蕩三昧という言葉がぴったりの生活でした。英語学校を経て、短大を卒業し、4年制大学の3年次に編入しましたが、そのころには渡米から4年がとうに過ぎていました。

短大まではカリフォルニアやワシントン州といった、西海岸の田舎町に居ましたが、大学はワシントンDCにある黒人大学で、英語の発音も環境もがらりと変わったことに戸惑いました。就職のコネ作りのためのインターンシップに関する情報や、日本食の食材の買える店などもまったく知らなかった私は、どこかで日本人コミュニティーを見つけようと、日系人用の電話帳を開き何か良い方法は無いものかと考えました。そして、日系人教会があるのを見つけ、早速そこに参加しました。

その教会は30人ぐらいが集まるオーソドックスな感じの集会でした。礼拝の様式も古典的な古い伝統にのっとっているらしく、賛美歌や聖歌も堅苦しい日本語の歌詞でした。

古典の教科書に出てくるような古い日本語の歌詞の賛美歌を聴きながら、私はなぜか心の底から泣き出したいような、懐かしいような、言葉では表現出来ないとても気持ちの良い感動を受けました。

実際私は周囲の目を気にしながら、手に持った讃美歌集で顔を隠し、湧き上る涙をこらえきれずに戸惑っていました。

第一回目の礼拝参加は、このようにただ訳も分からず、なんだか人目を気にして恥ずかしかったので、誰とも会話をすること無く礼拝後はすぐに家に帰りました。

自分なりの解釈では、このとき私は日本語に飢えており、予期せぬ古典的な日本語の歌詞とクラシカルな音楽に感動して涙を流したと言うものでした。

いずれにせよ、聖歌・賛美歌のとてもよい雰囲気を味わった私は、次の週は本来的な目的のコネクション作りのためではなく、歌を歌うために教会に向かいました。

次の週の礼拝は、前の週とは違う歌が歌われました。どの歌も私の心を打ち、私はただひたすら感動の涙を流していました。

このように私は本来の目的を忘れ、人と接することなくただ泣くために毎週教会へ向かいました。

こういった教会通いを2ヶ月ほど続けていたころ、牧師のメッセージの中にある「罪」と言う言葉がだんだん気になりだしました。

私は教会へコネクションを作るために通いだしたわけで、言うなれば私は、教会の人々を利用するために、信じても居ないキリスト教の集会へ通っていたのでした。私はキリストは立派な人、哲学者だと思っていたけれど、信じるつもりはまったく無く、むしろ新宿で伝道用ビラをびりびりに破いたほど、日本人クリスチャンを馬鹿にしていました。

そのことを思うと、自分が教会に通うことは、彼らクリスチャンをだましているような気になりだしました。

私はクリスチャンではない。キリストを信じるつもりも無い。それよりも彼らから何かを得ようと、彼らに近づいた自分。私は自分自身がとても汚れた罪びとに思えました。

そう思い出すと、ますます教会の人とは接することができなくなりましたが、礼拝中のえもいわれぬ感動のために、どうしても教会には通い続けました。

そのころの私の悩みはとても深いもので、次の日曜日には教会に行くべきか、行くのを辞めるべきなのかと一週間中悩み続けました。自分が教会に行くことによって、清く正しい善良なクリスチャンたちを私が汚すことになるのではないかと本気で悩みました。

しかし日曜日になるとどうしても教会に行きたくなりました。そして礼拝中の賛美歌で涙を流し、人とは交わらずに終わったらすぐに帰りました。

そしてまた一週間、自分は教会にふさわしくないと思い、教会に行くべきか行かないべきか悩みました。

こんな生活を続けていたあるとき、もう疲れ果ててしまい教会に行くことを辞めようと決心しました。

自分はイエス・キリストなど信じるつもりはないし、賛美歌もいくつかは暗記していたし、聖書も自分のものを手に入れていたので、賛美歌の感動を味わいたい時は自分ひとりで歌えば良いし、キリストのありがたい言葉が必要なときは、自分で聖書を読めば良いと判断しました。

そう決心すると、心の中の葛藤が全て氷解し、とても晴れやかな気分になりました。正直に表現すると、これで自分の罪深さを意識しなくてすむと思いました。

そして感慨深いものがこみ上げるなか、聖書の物語を読みたくなり、いつも読んでいたように何気なくいつもの続きの箇所を読み出しました。

そして私にとっては神の語りかけであった、ヨハネの福音書の15章16節にたどり着きました。そこにはキリストが弟子達に語りかけた言葉がこう記されてあります:

「あなた方が私を選んだのではない。私があなたがたを選んだのである。」

この箇所を読んだとき私は、一瞬にして自分のしていたことを言い当てられた思いがしました。

私は自分でアメリカ留学を決心し、自分で英語学校を選び、自分で短大に入り、自分で四年制大学に編入手続きをしたと思っていました。そして情報収集のためのコネクション作りと思い、自分で教会を探し、自分で考えて行動し、そしてさっき自分で教会にはもう行かないと決心したつもりになっていました。

しかし私がもがきながらも自分で生活し、自分で教会にたどり着いたと思っていても、私よりも偉大な存在が私を招いて導いていたのだと思わされました。

私は色々考えて、教会に行くべきかどうかともがいていたのだけれども、すでにイエスと言う方が私を受け入れて、私を選んでくれていたのだと知りました。

この一瞬のひらめきとも言える悟りによって、私は神と言う存在を知り、ただその偉大な存在に降参する形でイエスを自分の救い主として受け入れました。

それは1996年の冬の始まりのことでした。

この出来事は私の行動原理、物の価値観を以後すっかり変えてしまいました。私は自分を作ってくれて偉大な存在に、生かされていると知りました。

これが私のキリストとの出会いです。この出会いは、私の人生の中で最も重要な出来事です。この方とであったおかげで、もう私は滅びることは無いのだと確信しています。

長い長い証しになってしまいました。ここまで読んでくださって有難うございます。

あなたがキリストと個人的に出会えるようにお祈りいたします。

posted by モトイ at 07:00| Comment(2) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

プロテスタント的立場

私の神学的立場を明確にしておきます。

このことは、キリスト教に縁遠い人はもとより、クリスチャンにとってもあまり聞いたことの無い話かもしれません。分かりやすく手短に説明したいと思います。

先ず、プロテスタントです。

そしてこれからこの世の中が終わりを迎え、キリストの千年王国がやって来ると信じる、前千年王国説という立場をとっています。

そして、これからやって来る世の終わりの、艱難期(神の怒りが地上に降り注ぐ地球最後の7年間)になる前にキリストが本当の信者を天に引き上げると言う、艱難期前携挙説の立場をとっています。

プロテスタントのこの立場:
前千年王国説
艱難期前携挙説
をとるグループでもさらにいくつかの分類をするとすれば……、

聖書は偽りの無い神の言葉と信じ、かつ、聖書の中の奇跡は今でも起こりうる、と考えるグループです。

っとここまで書いてきて、なんとまあキリスト教は分裂に分裂をしたことかと、自分たちのことながら恥ずかしく思います。

しかし、基本的にクリスチャンとは、イエス・キリストがただ唯一の救い主であると信じる人たちです。このただ一点においてのみは一致できます。

私のこの立場についても、クリスチャンのほかのどの立場についても、批判をすることは私の望むところではありません。それは分裂を呼びます。

もし議論をするとしたら、聖書の中の出来事がどのように今日の私たちに影響するかと言うことを話したいです。そのほうが建設的だと思います。

いずれにせよ、聖書を信じるクリスチャンなら、聖書の言葉が今も生きていて、今日も私たちを生かす神の言葉だと言うことなら、お互いに一致をすることができるでしょう。

世の中は色々なことで呻いています。キリスト者は世の人々に、希望を提示する役割を担っています。分裂している暇はありません。
posted by モトイ at 17:58| Comment(4) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月26日

自己紹介

基 督命(モトイ・トクメイ)です。

日本のプロテスタント社会はとても狭いので、あれこれ注文をつけられたくないのでペンネームで書いてます。

昭和45年(1970年)生まれです。

アメリカ留学中の1997年(26歳の時)に洗礼を受けました。

2003年に某教団の神学校を卒業し、優秀な成績(?)で伝道師採用試験に合格したものの、母教会との関係上、教団教派のいざこざに巻き込まれ採用取消に……涙。

以来、大小さまざまな教会のいわゆる「教会政治」に翻弄され、日本のプロテスタント社会の暗闇を味わう……さらに涙。

しかし、人はみな罪びとと諦め、唯一頼れるキリストにしがみつき、いまは某牧師の小さなの開拓教会に拾われ、伝道師をしています。

2010年3月16日追記:この開拓教会は牧師の都合により残念ながら解散してしまいました。


2008年4月に会社を設立。会社名:株式会社キリスト命。色んなことをやっていましたが、現在はネットショップをしています。(ビジネスの才能がないようなので、最近は日本ブライダル宣教団所属のブライダル牧師として、結婚式の司式をしながら糊口を凌いでいます^^;)

ブログに自分の顔を出しているのはキリストを伝えるものとしての責任のようなものを感じてのことです。




下記はYouTubeにアップした私の救いの証です:



「私がキリストを信じた瞬間」ヨハネ15章16節
http://youtu.be/AJbUhSSFWlU










下記も御挨拶です(^皿^)











以下、フロントページに長々と書いてあったブログ説明を、こちらに移しておきます。大体こんな感じのブログです。

どうぞよろしくお願いします。

†††††††††††

世の中が混乱するにつれて、聖書の預言がさまざまな形で成就しつつある。本来、聖書の知恵によって世に警告を発信するべき役割の日本のクリスチャンは、平和のぬるま湯と言う洗脳にどっぷりとつかってしまっている。このblogではキリスト者には戒めを(第一ペテロ4:17)、聖書を知らない人々には終末のしるしの解説とキリストの福音を提供していく。

ペテロの手紙第一4章17節
「なぜなら、さばきが神の家から始まる時が来ているからです。」
マルコによる福音書1章15節
「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じよ。」
聖書猫モーシェ.jpg
ここなら安全!.jpg












神と人の本当の関係.WAV





 (「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html









posted by モトイ at 19:38| Comment(6) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする