2009年11月10日

聖書の寸鉄48「揺るがされないあなたになるために」

 人には喜怒哀楽があるものです。しかし私たちはそれぞれ、何に喜怒哀楽を感じるかは異なっています。ある人はいつも楽しそうで、ある人はいつも怒っており、ある人は人生は悲しいものと達観していたりします。それぞれ同じ環境に置かれても、その人その人で心の持ちようは違います。古代イスラエルの賢王ソロモンは「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。」と教えます(箴言4章23節)。私たちの心は周りから影響されやすいものです。しかし常に良い影響ばかりではありません。常に心を見張り、私たちの心を良い状態に保つのは、私たち自身の役目です。

 賢王ソロモンはまた、私たちがこの泉を撒き散らし、他国人が奪ってしまうことがあるとも警告しています(箴言5章15節-17節):

あなたの水ためから、水を飲め。豊かな水をあなたの井戸から。
あなたの泉を外に散らし、通りを水路にしてよいものか。
それを自分だけのものにせよ。あなたのところにいる他国人のものにするな。


 他国人とは誰のことでしょうか。あなたの同朋ではない人々、あなたと価値観の異なる人々、あなたと喜怒哀楽の基準が違う人々のことです。またもっと深い聖書的な理解では、魂の敵である悪魔や悪霊のことでもあります。あなたがすでに受けている良いものから目をそらさせ、あなたを神の恵みから離そうとする勢力、それが聖書の言う魂の敵です。イエス・キリストは自分の来た目的と、サタンの目的について次のように言っています(ヨハネ10章10節):

盗人(悪魔や悪霊)が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。


 私たち人は、飼い主のいない羊のようにさまよっています。何を心の頼りにして良いのか分からず、目に付く様々な者を手当たり次第に心に入れてみます。しかしこころに平安が来ないのは、私たちの心からいのちの水を湧き立たせるお方はたった一人、イエス・キリストのみだからです。この方をこころに迎え入れることによって人ははじめていのちの泉を湧き立たせることが出来るのです。

ヨハネ福音書4章14節
しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。


 人には喜怒哀楽があるものです。私たちは周りの世界から影響を受け、心を揺さぶられます。しかしイエス・キリストを救い主として信じる者は神の与えるいのちの泉を心の内に持ちます。この泉はあなたに力を与えます。この泉を頼ることによって私たちは周りの世界に翻弄されず、いつでも自分らしさを輝かすことが出来るのです。

 あなたもイエス・キリストを心に受け入れ、あなた自身の素晴らしさを輝かせて生きてください。

 あなたがキリスト者なら、すでに与えられているいのちの泉を湧き立たせ、イエス・キリストとともに世を照らす光として輝きましょう。あなたの心をしっかりと見張り、イエス・キリストの感動を湧き立たせましょう。この方こそ私たちの希望です。

 あなたが未だこの方とつながっていないのなら、今すぐイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。この方こそあなたの心に欠けていた平安、心の支えです。一刻も早くこの方を受け入れ、魂の敵から心を守ることを決断してください。

 今日もこのブログを訪れて下さり有り難うございます。

 皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの恵みと導きが大いに降り注ぎますように。



神と人の本当の関係.WAV




 (「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html



posted by モトイ at 14:16| 千葉 晴れ| Comment(0) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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