モトイです。
今日、皆さんの上に神の祝福と恵みが降り注ぎますように。
ビジネスセミナー講師のクリス岡崎氏によると、私たちの中にある無意識は、今の状態が大好きだそうです。これはどの人にも言えることで、たとえ今の自分が嫌で嫌で仕方のないような人にも言えるそうです。
私たちは無意識の内に私たちの今の状態を維持し、それ以外の私たちになることを無意識の内に拒んでいるそうです。言うなれば今の私たちは、過去の私たちの無意識が維持しようとした私たちです。そして明日の私たちは、今日の私たちが手放したくない私たちです。
悩みの多い人には悩みが更に降りかかります。それはその人が悩むことを無意識に望んでいるからです。私はそのことを身をもって知っています。
色々な理由があったのでしょうが、私は小学生のころからよくため息をついていました。それが癖でした。そしてよく「何か面白いことないかな」と言ってため息をつきました。あるとき母親が「あんたそれおかしいよ」と私に怒りました。私は何を言われたのか分からなかったので黙っていると、「小学生がそんなにため息をついておかしいんじゃないの」と言ってなじりました。
こんな癖が私にできてしまった理由はさておき、私はいつもため息をつく癖がありました。そしてため息をつかないと落ち着きませんでした。
そんな私は悩み多き青年に成長していましたが、あるとき良い本にめぐり会いました。自己啓発書の草分けとも言える、デール・カーネギーの本です。
彼の「道は開ける」という本には、人は一度にひとつのことしか考えられず、悩みがあって考えている時は、その悩みの周辺を堂々巡りのようにぐるぐると巡りながら抜け出せないでいる、というようなことが書いてありました。そして自分が何を悩んでいるのかを理解するために、考えていることを紙に書き出すことを勧めていました。
この本の内容に目が覚める思いのした私は、自分の悩みをさっそく書き出してみました。
当時の私はアメリカ留学中で、短大の卒業が間近であったのに私を転入生として受け入れてくれる四年制大学がまだ見つかっていませんでした。しかもどこへ行って何をしたいのかといった、私自身の希望もまだ定まっていませんでした。
自分が何を悩んでいたのか知った私は正直に言って驚きました。つまり、私は何を悩んでいるのか知らずに、悩むために悩んでいたのです。
書き出したところで悩みの種は解決しませんでしたが、悩みはぐっと減りました。そして何をしなければならないのかを意識しだしました。そうすると今度は、しなければならないことを考え、スケジュールを立てて行動する事ができました。行動すると悩みは減るものです。減らなかったとしてもしなければならないことに意識が向くので、今までのように同じ悩みをぐるぐる思い描くことはなくなりました。
それと同時に奇妙なことを発見しました。そのことは、悩みの種が行動することによって悩みでは無くなった時に分かりました。それは、私にとっては悩みが消えていくのが異常な体験に感じられたことです。私はあまりにも長い間悩むことに慣れていたので、悩んでいないという状態がしばらくの間不安でした。
私は不安の根源を探そうと、例によって悩みを紙に書きましたが、どれも解決しつつある問題でした。悩む理由は何もありませんでした。私にはそれが不思議でした。そして悩みが無いこと事態が私を不安にしていたと気付きました。
この状態はしばらくすると消えました。いまから考えると、私の無意識は悩むことをいつも欲していたようです。
このことよりも更に驚くべきことが私に起こりました。それはこのこととは全く逆のことでした。
私はアメリカで洗礼を受け、クリスチャンになりました。まだ四年制大学に転入したばかりでした。引っ越したばかりで土地勘も無く、無事に卒業できるかも分からず、卒業後の進路も決まっていませんでした。
そんなある時学校からの帰り道、ウキウキわくわくしながら車を運転していました。居ても立っても居られない位楽しく、早く家に帰りたかったです。そして家に帰ると何が楽しいのだか忘れていました。このような日々が何日も続き、あるとき自分がなぜウキウキわくわくしていたのかじっくり考えてみました。理由は有りませんでした。多少がっかりしましたが、別に損をした訳ではないので気にせずにいました。
あるときこんな私の体験を笑い話として教会の人たちに話しました。するとある人が、このウキウキわくわくは聖霊なる神の喜びであると教えてくれました。今なら私も理解できますが、神はこのように人の心に喜びを植えつけることがあります。それは小さなことですが、超自然的な奇跡ともいえます。
今の私は理解できますが、当時の私は何も理由の無いのにウキウキわくわくするのはおかしいと思っていました。以前の私はほとんどいつも不安で悩みを抱えていました。そのことが私にとって癖のようなものでした。しかし今の私は理由が無いのに喜んでいられます。そのように私を変えたのは、聖霊なる神との交わりです。
もちろん色々なことで今も悩むことはあります。しかし以前のように悩みを常習化していません。そして何よりも、理由が無いのに喜ぶことを知っています。このように私を変えたのは、自己啓発書の教えではなく、私の中に住んで下さる聖霊なる神様です。
あなたは自分を変えたいと思いますか。あなたの努力でそれはある程度可能でしょう。たとえば私が自分の悩みの癖に気付き、紙に書き行動することによってそれから解放されたように、自己啓発書の教えを実行すればある程度人は変われるでしょう。
しかしあなたを完全に変えるのは、あなたの努力ではなく、人の内に住まわれる神の力によります。
あなたはこの神との関係を既に持っていますか。
あなたがキリスト者なら、あなたに内住する神との関係を密にし、あなたのキリスト者としての特権を大胆に行使してください。この交わりのみがあなたの内側を変え、外の世界にも変化をもたらします。
あなたがまだこの方を知らないのなら、今すぐにでもイエス・キリストを信じ受け入れ、あなたも神との交わりの内に入ることを強くお勧めします。聖霊なる神の内住を受けた者のみが受けることのできる喜びをあなたも受け取ってください。
(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html)
【細き御声の最新記事】
- 神の御心を判断するには?
- 聖書の言葉はあなたを変える
- 聖書の寸鉄48「揺るがされないあなたにな...
- 自ら助くる者を助けない天
- 哲学者の思いついた矛盾:土屋賢二氏のエッ...
- 聖書の寸鉄47「あなたのいるべきところ」
- イエスの中でいのちを得る?
- プラス思考と聖書の教えの違い
- 口癖効果と聖書の教えの違い
- あなたが叩かれる意味
- 聖書の寸鉄46「なぜ人生に戦いがあるのか...
- 希望の効用
- 聖書の寸鉄45「活き活きとした行動が呼ぶ...
- 聖書の癒し14「心の穴からの解放」
- 聖書の癒し13「しあわせへの試練」
- 心の法則
- あなたはダビデに似ているかも?
- キリスト方程式
- 良い出来事を引き付けるために
- 惑わしに陥らないために



