2009年07月08日

終末論は現実だ!:国際時事情報誌「エノク」より

 創世記第一章第一節は「初めに、神が天地を創造した」と始まります。知る人ぞ知る聖書の第一声です。この「初めに」と言う言葉は、行き着く先を見据えた出発を意味します。つまり聖書は、ゴールを前提として「初めに」で始まるのです。

よく誤解されるように終末思想とは人類の破滅を意味するのではありません。それはゴールにたどり着くまでの道のりです。ではそのゴールとは何でしょうか。

聖書の66巻は創世記で始まり黙示録で終わります。創世記の出だしでは神による天地の創造が述べられますが、第三章ではさっそく被造物である人間が神に罪を犯して反逆してしまいます。それ以降の聖書の記述は、言うなれば人類の反逆の記録です。

その反逆の記録の中で神の救い、すなわち人類救済のために救世主が訪れることが預言されます。その預言が成就したとき、人々は聖書の預言の通り行動します(イザヤ書53章)。すなわちその救い主の命を絶ってしまうのです。

そしてその救いの神であるイエス・キリストが復活し、天に昇り、もう一度地上に秩序を取り戻すために訪れる。それが聖書のゴールです。

聖書の流れで言えばいま人類は、積みあがった罪のゆえにうめき声を上げている状態にあります。そしてキリストはこの罪を罰し、人々にそれぞれの報いを与え、かつてあったエデンの園の社会を実現するために再臨されます。これを終末思想といいます。

日本人にとっては残念ながら、聖書の終末思想が何かおどろおどろしいもののように誤解をされているようです。もちろん黙示録には罪に対する報いが、おどろおどろしい形で表現されています。しかし神を信じるものにとっての終末とは、神の完全なる統治が実現するゴールを意味します。

宇野正美氏が国際時事情報誌「エノク」の中でこのことについて、「終末思想という『現実』」と題して論じているので、以下に引用いたします(7月号p.50-52):

(引用始め)
 日本人には想像もできないようなことであろうが、このことは欧米人たちにとってはある意味で当然のこととして映っているのである。
彼らには「終末思想」がある。日本語で表現すると、もうすべてが終わりだというイメージがあるがそうではない。あのノアの大洪水の時代のことを思い浮かべていただきたい。ひとつの罪深い時代が終わり、人間の知恵の限界の時代が終わり、そして「大掃除」が行われたかのごとく新しい時代が始まるというのである。
新約聖書・ヨハネ黙示録にはその大困難の時代の中で、飢饉が広がり、わずか5合の小麦が2万円で売られることも予測されている。加えて同じ頃に全人口の4分の1が「剣とききんと死に至る病と地上の獣」によって死に絶えていくことが予測されている。
今日、世界人口の4分の1となれば17億人ぐらいに達するであろう。
実際的火を噴く戦争とともに、その病などによって多くの数えがたい人々が死んでいくことが予測されているのである。
新約聖書・ヨハネ黙示録といえば欧米世界においては幼いときから聞いている内容である。ちょうど坂道をブレーキの切れた車が落ちて行くならば、悲劇的な結果が起きる。人類は創造主なる神から離れたがゆえに、ちょうど坂道を下って行くような状況が起きることが述べられているのである。
それも2000年前に書かれたとはいえ、現在の時代に通じる内容なのである。
彼らはこれを終末思想と呼んでいる。すべてが終わりだという意味ではなく、人類の傲慢とその知恵が限界に達し、すべてが崩壊し、新たなる時代が登場することを予測しているのである。
ローマ帝国はいまから約2000年前、世界そのものであった。しかし、ローマ帝国そのものも崩壊して行ったのである。人類の文化、文明、知恵……すべては必ず崩壊し、新たなる時代を迎える。
グローバルな世界といわれている今日、世界はある意味でひとつになるようにして全体崩壊に向かっているのである。
世界的大恐慌、そして新型インフルエンザ、そして第三次世界大戦への流れである。
これからの恐るべき大変化の時代、日本人的な発想にこだわり続けるのではなく、また希望的観測を持つだけではなく、新約聖書・ヨハネ黙示録的な「終末論的発想」をも理解していただきたいと思う。
そのことが実は世界に通じる思想そのものなのである。
(引用終わり)


 世の中は終わりに近づいて混沌としてきます。しかしその先の神の統治も近づいて来ているのです。この終末的世界観によって世の中を眺める時、私たちは破滅ではなくその先の神の統治を見つめることができます。そうすることによって私たちは、この混乱の中にも希望を見出す事ができるのです。

あなたはこの混乱の時代に何を頼りに生きますか。

あなたが頼るべき方はただおひとり、全世界を創造された神のみです。あなたは既にこの方との正しい関係が有りますか。

あなたがキリスト者なら、いよいよ益々この方との交わりを密にしましょう。この交わりのみがあなたに愛と力と導きを与えます。

あなたが未だこの方との関係が無いのであれば、今すぐにでもイエス・キリストを信じ受け入れ、あなたも神との交わりの内に入ることを強くお勧めします。

今日もこのブログを訪れてくださり感謝します。

皆さんの上にわたしの愛する神、主イエス・キリストの恵みと哀れみが存分に降り注ぎますように。

(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html







posted by モトイ at 13:00| 千葉 晴れ| Comment(2) | 終末のしるし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ハーベストの中川先生のようにCD販売してほしかったのに、残念。モトイさん謙遜しすぎです。 ぜひTV伝導師になって、最初はイケメンというだけでもみんな見て、サタン支配のテレビを神の元へ奪い返して下さい! 
私も艱難期前説でしたが最近、
二人の証人の僕としてイエス様の公生涯のように3年半奇跡に生かされ伝導して、二人が殺され天に昇るのと同時に携挙されるのでは?と妄想しています。
ダニエルの69週で止まっているということで、イスラエル建国69年の2017年までかな?とも期待しています。 
Posted by 世泣 at 2009年07月08日 16:20
世泣さん、いらっしゃい。

ははは・・・汗。
箴言に「人は他人の賞賛によって試される」と書いてありますので、嬉しいと思いつつ気を引き締めます。でも有り難うございます。

私も聖書講座をいずれやりたいと思っていますが、それにしてもブログでは無料で公開したいと思っています。

世泣さんの、二人の証人の昇天と同時に携挙と言う説は面白いですね。

私も色々な事例から2017年ごろから千年王国が始まるかと考えています。
Posted by モトイ at 2009年07月08日 20:11
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