2009年07月06日

聖書の神15「熱いか冷たいかを望む神」:神の不思議を思えば力が湧く

 最近は路傍伝道をしているクリスチャンをあまり見ませんが、私が神学生だった頃は毎週金曜日に、神学生の有志が集まって新宿のアルタ前の広場で伝道活動をしたものです。

ギターの演奏とともに賛美をする者、その傍らで大声でメッセージを語る者、伝道用の小冊子(トラクト)を道行く人に手渡す者などで、総勢10人ほどが活動をしていました。

ほとんどの人が無関心で、時たま酔っ払いがからんできます。しかしその反面、熱心に話を聞いてくれる人や、反対に敵対心むき出しに睨んで通り過ぎる人もいます。無関心な人々よりも、私たちに対して熱いか冷たいかどちらかの反応をした人のほうが、神は喜ぶようです。なぜなら聖書に、「わたし(キリスト)はむしろ、あなたがたが冷たいか、熱いかであってほしい。」とあるからです(黙示録3章15節)。

たとえばこんな人が実在しました。彼は意地悪にもトラクトを配る女の子に笑顔で近づき、手を出してニコニコしながらそれを受け取り、「有り難う」と御礼まで言いました。しかし突然その場でトラクトをびりびりに破いてしまい、紙吹雪のように空に投げ捨てて、意気揚々と肩で風を切ってその場を去って行きました。

こんな時キリスト者はどうするべきなのでしょうか。それよりも、こんなことをしたその男性はどうなってしまうのでしょうか。

私はその男性のその後を知っています。キリスト者に対して無慈悲で冷酷な態度で接した彼も、キリストの言葉で言う「冷たい」反応をした者です。「冷たい」反応は逆説的に言えば、それだけキリストを意識していると言うことです。

彼はあるきっかけで教会に行きます。何も知らず、何も信じるつもりもありませんでした。しかし教会の賛美歌が彼の心を打ちます。彼は理由も分からずただ泣きました。そんなことの心地よさもあり、しばらくの教会通いの後、ついにキリストを受け入れる決心をします。

更にそれに留まらず、彼はついに神学校まで行き、彼がかつてトラクトをびりびりに破いたその同じ場所で、嬉々としてトラクトを配りました。

今彼は何をしているかといえば、このブログを書いています。

神は不思議なことをなさると思います。私は自分がキリストを信じるようになったいきさつを考える時、つくづく神は不思議なことをされると思い、感動します。(私の救いに関しては以前に書きました。「なぜキリストを信じたか」 http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/112376454.html?1246864061

キリスト者は自分の救われた時の喜びを思い出すとき、元気が出るようです。ダビデも詩篇の中で以下のように祈っています:

(引用始め)
 神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。私をあなたの御前から、投げ捨てず、あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が私をささえますように。(詩篇51編10節から12節)
(引用終わり)


 ダビデ王は姦淫の罪で打ちひしがれている時にこの祈りをしました。神によって救われた時の喜びが彼に活力を与えることを知っていたからです。

私は信じています。おそらく私にトラクトを渡した女性は、私の救いのために祈ったことでしょう。そんな小さな祈りが、神の前ではきよく純粋な、力のある祈りなのです。そのことを思うといつも祈りの力の不思議さを思います。

あなたがキリスト者なら、あなたに不思議をなした方に信頼し、神の不思議を思い出して力を受けましょう。そのような神との交わりこそ祈りであり、この交わりがあなたに更なる奇跡を見せ、あなたに愛と力と導きを与えます。

あなたが未だ神との和解を済ませていないのなら、今すぐにでもイエス・キリストを信じ受け入れあなたも神との交わりの内を歩んで下さい。神はあなたに、「熱い」か「冷たい」かのどちらかになることを望んでおられます。

今日もこのブログを読んで下さって有り難うございます。

皆さんの上に、わたしの愛する神、主イエス・キリストの栄光と祝福が現れますように。

(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html







posted by モトイ at 16:47| 千葉 雨| Comment(6) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
モトイさんのこのお話を聞くととても考えますね。神様よりも人を恐れてしまうと伝道なんてできませんもの。

友人であっても「キリスト教の話だけは興味ないからやめて」と言われたりしてヘコんだりもします。

布教(伝道)するからキリスト教って嫌われるんだよ、と忠告をくれた友人もいたっけ…

でもさ、誰かがイエス様を伝えないかぎり誰もイエス様を信じることはできないんだものね!

伝道したその場でひどい態度をとられたとしても、その後その人が信仰を持つことだって多いにあるんだとモトイさんご本人の体験を通して知ることができて力づけられます!

感謝†

Posted by るちゃん at 2009年07月06日 18:25
るちゃんさん、いらっしゃい。

そうですか。るちゃんさんもいろいろ言われちゃったんですね。それでもキリスト者として未信者の中で生きるというのは、主イエスが喜んでくれることですからね。

誰かが伝えなきゃだし、誰かが今も伝えてるんですよね。私も昔の自分を思うとそういう人たちに頭が下がる重いです。ほんとに。

るちゃんさん、私たちもキリストの香りぷんぷんで行きましょう!
Posted by モトイ at 2009年07月06日 21:56
こんばんは
自分はなまぬるいの極致にいるような気がして来ました。
毎日精神的に苦しいと、この世で何もしてくれない神なんて神じゃないと思い、そうかと言ってサタンにつくのも一部罪ない人にまで危害を加えそうで気がとがめるし、地獄に落ちるのも嫌だしでつけないし、無神論で無になって楽になったらそれが一番いいような気がしますが、神はいないと断言しきれないし、、、結局どっちつかずの中ぶらりんです。
黙示録のラオデキヤの教会ではそう言う人は懲らしめにあうことになっているようですが、もう限界です。でもなぜかうま〜く限界すれすれで新しい懲らしめがくるのであっぷあっぷで訳わからないまま流されてます。勝利をえることができればいいんでしょうけど、それもどうでもいような気も、、、
どうなることやらです。
Posted by たろ at 2009年07月06日 23:35
モトイさんの証では、本当に神様の方で選ばれているのだな〜と感じます。
いつも自分勝手なコメントにお返事ありがとうございます。
礼拝メッセージは何度やっても聞けなく、(7話とも)録音したものを郵送して頂くことはできないでしょうか?手数料等わずかながら献金させて頂きます。お暇がある時いつでも構いません。
私の周りにパソコンやる人はいなく、(遺言に残す為)ラジカセならば聞けるという主の計らいかな?な〜んて考えてしまいました。
アウトロー狂人同志(まじめできちんとされているモトイさんに失礼ですが)よろしくお願い致します。
Posted by 世泣 at 2009年07月07日 02:43
たろさん、いらっしゃい。

苦しそうですね。文面から辛い気持ちが伝わってきます。

書き込みからは全ては分かりませんが、色々とチャレンジが来ているみたいですね。サタンは私たちの目を神から離させようとして、恐れや不安を掻き立てるような作戦に出ます。でも実際その恐れや不安は、青森のねぶた祭りのだしのようなもので、太鼓の音や鐘の音で脅かしながらドンドコ近づいてきても、中身は小さな電球だったりします。

クリスチャンブックストアーでも、普通の本屋のビジネス書の棚でも扱っている、D(デール)・カーネギーの「道は開ける」をお読みになったら良いかも知れません。たいがい少し大きい本屋さんならどこにでも有ります。私は未信者のときに読みましたが、目が開ける思いがしたのを覚えています。聖書の話もたくさん出てきますし、何よりも人がどのように悩みや不安から解放されたかの実例が、たくさん載っていて読むだけで元気になります。もし未だひとつだけ試す余力がおありになるなら、だまされたと思って読んでみてください。私はこの本は、神が用いている本だと思います。私も辛くなったらよく読み返していました。3度くらいは繰り返したでしょうか。その後はいつも元気が出ていました。そして聖書にも興味を抱かせられました。

人は悩むものですがそれはその人が悩む価値のある人だからだと思います。悩ませるものにとっては悩ませる価値さえないような人もいます。そんな人はどっぷりと惑わしの中に入ってしまい、悩む事さえ知りません。

どうぞ神に注目し、主イエスに感動することを探してみてください。主イエスに対する感動は人を生かします。

Posted by モトイ at 2009年07月07日 07:03
世泣さん、いらっしゃい。

パソコンのウイルス対策ソフトのせいかも知れませんよ。一度オフにしてトライして見てください。

あるいはブラウザの設定かもしれません。エクスプローラーをお使いでしょうか。ご家族といっしょのパソコンだと、家族が子供のために色々設定している事もありえます。(でもほかのメッセージは聞けるんでしたっけ・・・ちょっと不可解ですね)。ファイヤーフォックスなどをダウンロードして使ってみたらいかがでしょうか。

時間とてまを省くなら、ネットカフェに行ってダウンロードすることをお勧めします。それが一番手っ取り早いですかね。

なんだか私のメッセージをわざわざ郵送するのは、大物メッセンジャーになったような傲慢な気が起きそうで怖いですねw。主から頂いたメッセージですが、喋っている人間は大したこと無いので、どうぞそんなに熱心にならずに、お気軽にネットカフェにでも行って聴いてください。(世泣さんのように熱心に私のメッセージを求められると、なんだかくすぐったいですw。でも有り難うございます。嬉しいです。)
Posted by モトイ at 2009年07月07日 07:14
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