2017年04月09日

「しるしとなる人々と恥じ入る人々」ゼカリヤ書3章8節

お早う御座います。
モトイです。

メッセージをアップします。タイトルは「しるしとなる人々と恥じ入る人々」です。聖書箇所はゼカリヤ書3章8節です。携挙前後のキリスト者の、しるしとしての役割についてのお分ちです。21分程です。

いつもご視聴下さり有り難うございます。とても励みになっております。




https://youtu.be/wVDjBZoBESY









下記に聖書箇所を載せます:

ゼカリヤ書3章8節

聞け。大祭司ヨシュアよ。あなたとあなたの前にすわっているあなたの同僚たちは、しるしとなる人々だ。見よ。わたしは、わたしのしもべ、一つの若枝を来させる。


使徒2章37節

人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。


第一ペテロ3章14節から16節

いや、たとい義のために苦しむことがあるにしても、それは幸いなことです。彼らの脅かしを恐れたり、それによって心を動揺させたりしてはいけません。
むしろ、心の中でキリストを主としてあがめなさい。そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。
ただし、優しく、慎み恐れて、また、正しい良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの正しい生き方をののしる人たちが、あなたがたをそしったことで恥じ入るでしょう。








神と人の本当の関係.WAV





 (「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html








posted by モトイ at 05:00| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 礼拝メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする