2009年11月21日

勝手にシャバット礼拝15

モトイです。

勝手にシャバット礼拝します。

まずは賛美によって主に心を捧げます。
06 イエス様の御手.wma

またメビックです。教会学校の賛美ですが、とてもシンプルで感動します。

今日のメッセージのタイトル:「御国の歴史の一部である私たち」
16分のメッセージです。私が感動した聖書の証が中心です。
1121「御国の歴史の一部である私たち」ローマ16章1節〜16節.WAV


聖書箇所はローマ16章1節から16節です。

以下に聖書箇所を載せます:

勝手にやっていることですが、賛美なりメッセージなり、聞いてくだってとても嬉しいです。有り難うございます。


聖書箇所:ローマ16章1節〜17節

16:1 ケンクレヤにある教会の執事で、私たちの姉妹であるフィベを、あなたがたに推薦します。
16:2 どうぞ、聖徒にふさわしいしかたで、主にあってこの人を歓迎し、あなたがたの助けを必要とすることは、どんなことでも助けてあげてください。この人は、多くの人を助け、また私自身をも助けてくれた人です。
16:3 キリスト・イエスにあって私の同労者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。
16:4 この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。
16:5 またその家の教会によろしく伝えてください。私の愛するエパネトによろしく。この人はアジヤでキリストを信じた最初の人です。
16:6 あなたがたのために非常に労苦したマリヤによろしく。
16:7 私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、アンドロニコとユニアスにもよろしく。この人々は使徒たちの間によく知られている人々で、また私より先にキリストにある者となったのです。
16:8 主にあって私の愛するアムプリアトによろしく。
16:9 キリストにあって私たちの同労者であるウルバノと、私の愛するスタキスとによろしく。
16:10 キリストにあって練達したアペレによろしく。アリストブロの家の人たちによろしく。
16:11 私の同国人ヘロデオンによろしく。ナルキソの家の主にある人たちによろしく。
16:12 主にあって労している、ツルパナとツルポサによろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスによろしく。
16:13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。
16:14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよびその人たちといっしょにいる兄弟たちによろしく。
16:15 フィロロゴとユリヤ、ネレオとその姉妹、オルンパおよびその人たちといっしょにいるすべての聖徒たちによろしく。
16:16 あなたがたは聖なる口づけをもって互いのあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。









posted by モトイ at 16:38| 千葉 晴れ| Comment(0) | 礼拝メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「モーシェ君、補われる!」

お早うございます。
モトイです。皆さん、ご機嫌いかがでしょうか。



さて、モーシェ君がなにやらかんがえこんでいるようです・・・。


どうしたのでしょうか・・・
アーメン!主イエスよ来たりませ! 主イエスに思いを馳せてるのかな?




(はぁ〜…)
…しかし、今の時は栄光に…ロマ8章15節 どどど、どおしたんですか!?

悩み事でもあるんすか?



なになに?



冬になるにつれ?



こんな風に猫は丸くなってしまうので?
円周率はおよそ3で良いじゃん いままでのように?

ご近所の安全を見張れない、って!!!



なぁ〜んだ!そんなことでしたか!!!



さすが聖書猫!絶えず祈るその姿勢!すんばらしいですっ!!!



そんなときには私が居まっす!



キリストの体は部分部分でそれぞれ補い合ってるんですって! 第一コリント12章12節



さぁ〜、モトイさんのご近所プレイヤーウォークですよぉ〜!



下がりなさいサタァ〜ン!
人参畑でハイ、ポーズ! どんどん下がりなさぁ〜い!

ずんずん下がってしまいなさぁ〜い!



ご近所の皆様、もう安心です!!!
ヨシュアの様に勇ましく! 神の宮、モトイ・トクメイが行進中です!

この世は悪いものに支配されていますが!・・・




主イエスは勝利を取られました!・・・
嗚呼人生は素晴らしいなぜなら! 主の栄光は全地に満ちています!

この方を見上げましょぉ〜!!!



ハイ、ずんずん行きますよぉ〜!
主が素晴らしいから!そして! 寒い朝だって主は居られまっす!!!

そして!!!



霧の朝だって主は居られまっす!!!
俺は主に在って素晴らしい!ハレルヤ!アーメン! それ、ずんずんずん!

ハイ、ずんずんずん!



さぁ〜超ハイテンションで



賛美歌465番を主に捧げまっすぅー!!!



ラララ、賛美せよー♪賛美せよー♪

われ救わーれたりー♪♪♪

ラララ、賛美せよー♪賛美せよー♪

われ救われーたりー♪♪♪


ハイ!


ワン・ツー♪さん・し!

ワン・ツー♪さん・し!

ワン・ツー♪さん・し!

ワン・ツー♪さん・し!


・・・一方そのころ



我が家でモーシェ君は・・・?




(にゃん♪にゃん♪にゃん♪
賛美せよぉー♪賛美せよぉー♪)
賛美礼拝中にゃ〜ん! さすが聖書猫!!!

ひとり賛美礼拝中でしたか!




こうやって私たちはキリストの体として弱さを補い合い、雄雄しく前進して行くのでありました…。




また頑張ろうね〜!
ヒゲヅラのほうずりはエチケットブラシと化す (いつも主イエスを見つめ…)

しょれでは皆しゃん!

また来週ぅ〜!







posted by モトイ at 05:00| 千葉 雨| Comment(2) | 聖書猫、モーシェ君が行く! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

最も優れた気迫勝ち!

 少し前にたまたまテレビを見る機会がありました。その時ニュースで卓球女子のある選手の健闘を報道していました。その時は中国人の選手との対戦でした。名前を忘れてしまいましたが、その日本人女子選手は始めからものすごい気迫で攻めていました。一つ何かが決まると必ず「よしっ!」と気合を入れ、いつも必ず相手を見据えていました。中国の選手も彼女の気迫に押されていたように見え、あまり目を合わさないようにしていました。

 ところが勢い余ってか計算づくか、自分がミスをした時にも彼女は大きな声で「よしっ!」と言って相手を睨みました。私ならそれに気付いた時に気恥ずかしくなって、「あっ、ボク間違えちゃった、ハハハ」とか何とか言ったでしょう。しかし彼女のすごい所は「よしっ!」、と言ったまま相手を睨みつづけ、ガッツポーズの握りこぶしまで握ったまま次の相手サーブまで平然としていたことです。

 もうこうなると彼女の気迫勝ちのようでした。中国選手は度肝を抜かれたのか、最後まで押されてしまったようです。勝てるかどうかと思い巡らしながら戦うよりも、勝つことへの気迫を持った者が、当然のように勝利をする好例でした。

 卓球では例え負けても命は落としませんが、捨て鉢になって死ぬ気で戦って命を拾うこともあります。第二次大戦中の日本の撃墜王である岩本徹三氏の自伝にそんな話がありました(「零戦撃墜王」p.48)。

 岩本氏は大戦中一度も被弾することなく撃墜数も202機と、文句無く陸海軍中のナンバーワンエースでした。その彼がまだ2回目の実戦の時のことです。味方と思って僚機2機で近づいた9機編隊が、実は敵の戦闘機編隊で、突然反転して攻撃して来ました。慌てて最初の攻撃をかわしたものの、9対2では当然もうおしまいかと思ったそうです。

 しかし岩本氏はもう破れかぶれと思って、体当たりをせんばかりに相手に果敢に挑んだそうです。彼は「衝突するなら衝突しろ」とばかりの肉薄戦を敢行し、「燃料の続く限り、弾のある限り」戦う闘志で格闘戦に持ち込みました。それにひるんだ敵9機は若干攻撃力にひるみを見せ、そこをすかさず岩本機はグルグルと垂直方向に円を描きながら敵機に食い下りました。恐れをなした敵は9機のうち7機が逃げ、残った2機のうち1機を撃破し、残る1機も慌てて逃げたそうです。この戦いを通して岩本氏は次のように悟ったと言います:

十中九まで勝算なしと思ったこの戦闘で、味方は二機とも無事であった。
空中戦にあっては、いかに旺盛な敢闘精神が必要であるかを身をもって体験した。安心しているときがいちばん危ないとはよく言われていることであるが、このとき身にしみて思い知らされた。


 以後彼はエースパイロットとしての戦いを展開します。滅び行く国家の負け戦の中で、終戦を迎えた時の彼の感想は、「もう戦うことが出来ないのか」という悔しさだったといいます。

 無傷で終戦を迎えたにもかかわらず、岩本氏は抜け殻のようになってしまったそうです。彼は戦後ほど無く38歳の人生に幕を閉じました。

 これとは反対に傷だらけになりながら、後は処刑されるだけの運命にあって活き活きとしていた人物がいます。新約聖書に登場する使徒パウロです。

 第2コリント11章によると彼は何度も牢に入れられ死にも直面しました。通常の鞭打ちが3度、39回の鞭打ちを5度、一度は石で打たれました。そのほかにも彼は3度船で難破し一昼夜海の上を漂ったこともありました。川の難や盗賊の難、異邦人の攻撃や同朋の裏切り、都市での災難や荒野での苦労など、これでもかと言った具合に彼は苦難に直面しますそしてパウロは「労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたことも」あったと告白します(11章23節〜27節)。

 ところがこんな彼が処刑される直前の時期に次のような手紙を近い友人に送っています(第二テモテ4章6節〜8節):

私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。
私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。


 使徒パウロが塗炭の苦しみを味わってもそれを少しも苦としなかったのは、彼が滅び行くもののために働いていたからではなく、永遠に続く御国のために働いていたからです。苦しみの中で彼を強くしたのは、彼にいのちを豊かに与えることが出来たイエス・キリストです。使徒パウロはキリストを見つめることによって死を覚悟して戦い、そして戦い抜いたのです。

 パウロのような苦難ほどでもなくとも、私たちはこの世の中で多くの苦労をしなければなりません。しかし滅び行くもののためにではなく、永遠の国のために歩む者には神の助けがあり、パウロと同じ活き活きとした人生を歩むことが出来ます。私たち全ての人は、このような戦いをするようにと、神に招かれています。

ヘブル書12章2節3節
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

マタイ11章28節
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたし(イエス・キリスト)のところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。


 あなたも滅びる物のためではなく、永遠に続く神の国のために、イエス・キリストとともに活き活きと戦ってください。

 あなたがキリスト者なら、今日もイエスとの交わりを深め続けましょう。この方こそ私たちの砦、私たちのいのちです。

 あなたがまだこの方を受け入れていないのなら、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。一刻も早くこの方を受け入れ、残りの人生をいのち豊かに生きてください。

 今日もこのブログを訪れて下さり有り難うございます。

 皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストのいのちが豊かに降り注ぎますように。



神と人の本当の関係.WAV





(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html




posted by モトイ at 14:24| 千葉 晴れ| Comment(0) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宗教間の融和が叫ばれる前段階として・・・

お早うございます。
モトイです。

 アメリカのクリスチャンラジオ「ラジオリバティー」のパーソナリティー、スターン・モンティー博士によると、支配エリートの大衆操作の方法は常に、問題発生、パニック、解決提示、沈静化、と言う流れなのだそうです。

例えばアメリカの第二次大戦参戦も、真珠湾が攻撃された、パニック、アメリカ対日対独参戦、戦争遂行、と言う流れでした。(第一次大戦も似たような流れだそうです。)

今回の新型インフルエンザも、メキシコで新型インフルエンザの大流行、パニック、ワクチンの提示、沈静化、と言う流れになっているようです。

黙示録には世界統一宗教組織が預言されています。この登場も同じように、問題発生、パニック、解決策提示、世界統一宗教(思想統制)と言う流れになるでしょう。その問題発生を予感させる記事がワールド・ネット・デイリーに載っていました(http://www.wnd.com/index.php?fa=PAGE.view&pageId=116390)。

記事の内容はソマリアで、牧師ががアルカイーダ系のイスラム軍事組織、アルシャバーブに殺されたと言う内容です。問題はこのアルシャバーブの構成員が、パキスタンでタリバンやアルカイーダに訓練を受けてソマリアに送り込まれているらしいことです。

記事ではソマリアではクリスチャンが迫害を受けており、今年に入って13人がアルシャバーブに「処刑」されたと伝えています。このままでは軟弱なソマリア政府はアルシャバーブに転覆され、第二のアフガニスタンになってしまうと言った論調です。そうならないためにもアメリカと国際基督教団体がサマリアに注目してもらいたい、といった訴えで記事は結ばれています。

アルカイーダのビンラディンがアメリカのCIAの訓練を受けていたことは、表のメディアには余り現れませんが、ネット上ではほぼ常識になっています。911テロもイスラム過激派の仕業と見せかけての、支配エリート側の仕業でしょう。それ以後アメリカでは愛国法がいつの間にか議会を通過したり、支配エリートが露骨に大衆操作をしだしたようです。

いずれ支配エリートは、イスラム教対ユダヤ・キリスト教と言う構図を大々的に展開すると思います。例えばイスラム過激派に対抗したキリスト教過激派がオバマ大統領を暗殺するなど、宗教的な対立が過激化し、「問題発生」そして「パニック」になるのだと思います。

何度かご紹介しましたが、2007年夏ごろに発行されたロンドンエコノミスト誌には、ヨーロッパで世界中の学識者が集めた会議が開かれたと伝えていました。その会議は2010年秋までに「神に対する一般的な定義」を発表するための会議だそうです。そのためにすでに彼らは、3年間の調査研究期間に入ったと記事は伝えていました。

恐らくらく彼らの発表するその「定義」から外れるような宗教思想は「カルト」として処理されるでしょう。そして厄介な宗教間の対立は終わりにしようと言うムードが作られ、世界中の宗教の融和が図られるのだと思います。まさに「解決策提示」です。

確かに今、ソマリアではクリスチャンが迫害されているでしょう。北朝鮮でもスーダンでも、あるいはまた別の地域でも迫害はあるでしょう。しかしこれからそれはもっと大々的な問題になるのではないかと思います。

今はまだ局所的な「問題発生」ですが、この問題が私たちの身近に発生し、「パニック」となり、来年の神概念の学識者会議の発表になるのだと思います。

イスラム教対ユダヤ・キリスト教の対立だけでなく、かつてのオーム事件のようなこともこれから頻繁になると思います。

聖書をもとにして世の中を見れば、終末のしるしはすでに現れています。私たちは今こそ聖書と聖書の神に拠り頼んだ歩みをするべきときに来ています。

イエス・キリストをあなたの救い主として心の中心にお迎えし、この方から安全な導きを受け取りましょう。

あなたがキリスト者なら、今日もこの方にしがみつきあなたの安全を図りましょう。この方こそ私たちの砦です。

あなたがまだこの方との関係を持っていないのなら、今すぐイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。この方以外に救いは有りません。


神と人の本当の関係.WAV




(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html




posted by モトイ at 05:00| 千葉 雨| Comment(4) | 終末のしるし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

やはり時間稼ぎか?イラン、欧米の核開発案を完全に拒否

 先月27日の時点でイランは、国連と欧米の提示した核開発案を一部の変更をすれば受け入れると表明していました(「イラン、国連案受け入れへ?」http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/131396065.html?1256699955)。

ところが本日、11月19日の11時のNHKラジオニュースによりますと、イランはこの欧米案を完全に拒否したとのことです。先日、イランのアフマデネジャド大統領は大胆にもこの核問題に対して勝利宣言とも取れる発言をしました(「イラン、核問題で遂に勝利宣言?!」http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/133161611.html?1258430222)。

柔軟な対応をして見せたり強硬姿勢に転じてみたりと、イランの外交姿勢はそれだけを見ているとこちらが混乱させられてしまいます。しかしイランとアフマデネジャドの信じるイスラム教シーア派の救世主思想を考え合わせる時、イランののらりくらりとしたあやふやな態度は、終始一貫した宗教思想だということが分かります。

以前に「イランの戦う理由」の中でご紹介しましたが、イランはペルシャ人としての歴史にプライドを持っています。そのプライドがつい200年ほど前から、ユダヤ・キリスト教勢力により傷付けられていると彼らは感じています。しかしイスラムの救世主、「マフディ」が来る時、彼らの苦難は報われると、アフマデネジャドを初めイラン人は信じているそうです(イランが戦う理由:国際時事情報誌「エノク」よりhttp://kirisutoinochi.seesaa.net/article/127666689.html?1252485297)。

アフマデネジャド氏は演説の中で頻繁にこの「マフディ」の名前を用いるそうです。そして彼らの終始願うことは世界的な混乱です。彼らは世界が混乱し、破局に向かうその時にイスラムの救世主「マフディ」が登場すると信じているといいます。

それゆえ彼らはのらりくらりとした外交姿勢を見せますが、目指しているところは終始一貫して世界の破局です。彼らはその破局のために自分たちが用いられていると信じているようです。したがってこの観点から彼らの行動を予測すれば、彼らが核開発を平和的に進めることも、完全に諦めることも無いことになります。

先日ご紹介したように、ロシアのエネルギー相の話によると、イランのブシェール核施設は今年年内の本格稼動が不可能であることが伝えられました。このことによりイスラエルは、ひとまずは急いでイランを攻撃する理由がなくなった形になりました。イランが再び強硬姿勢に出ることが出来た背景には、このような事情があったのかも知れません。今この時点でどう強硬姿勢に出ても、イスラエルとしては攻撃する理由に欠けることになります。

いずれ中東はイランとイスラエル・ロシア連合軍による大きな戦争になるでしょう。再三ご紹介している旧約聖書エゼキエル書38章39章の預言の成就です。しかしイランやイスラエルだけに目を留めていたらこちらが混乱させられてしまいます。

世の中の動きはすでに聖書があらかじめ預言しています。しかし聖書の中心的なメッセージは世界の混乱ではなく、イエス・キリストによる救いです。

世は人の罪により益々混乱して行くはずです。しかし聖書と聖書の神、イエス・キリストに目を向け続けるのならば、私たちは混乱することなくむしろ、いのちを豊かに受けて歩むことが出来るのです。

あなたもイエス・キリストを、いつも心の中心にお迎えして歩んで下さい。

あなたがキリスト者なら、今日もこの方との深い交わりを求めましょう。この方こそ私たちの砦。私たちの道であり、真理であり、いのちである方です。

あなたがまだこの方との関係を持たないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。人生で最も重要な決断は一刻も早く済ませてください。

今日もこのブログを訪れてくださり有り難うございます。

皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの豊かないのちが大いに降り注ぎますように。



神と人の本当の関係.WAV



(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html




posted by モトイ at 12:22| 千葉 曇り| Comment(0) | 終末のしるし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メル・ギブソンの「パッション」より酷かった十字架の処刑

お早うございます。
モトイです。

今日の皆さんの上に、神の豊かないのちが大いに降り注ぎますように。

 メル・ギブソンが監督したイエス・キリストの映画「パッション」について、鞭打ちのシーンや十字架刑のシーンが残酷だという意見を何度か聞いたことがあります。おそらく映画がリアルに出来ていたためだと思います。しかし、本物の十字架刑はそれ以上に酷かったといいます。

 イエスの時代の実際の十字架には、ちょうどお尻のあたりに死刑囚が腰を掛けられるほどの横木が打ち付けてありました。ここに十字架につけられた人が座ると少し休まることが出来ました。しかし一見人道的なこの休まるための横木は、死刑囚が急激に体力を失わずに徐々に長い間苦しみながら死んでゆくための、むごたらしい非人道的な仕掛けでした。

 死刑囚は最初はこの横木に座る体力があります。しかし打ち付けられた腕の関節が伸びきると横木に座ることが出来なくなります。そこで同じく打ち付けられた足を使って腰を上げ、横木に座ろうとします。そのうちに腕も足もしびれきってしまい、死刑囚は血まみれ、汗まみれ、糞尿まみれになって死んでゆくのです。イエス・キリストが付いた十字架とは、このようなむごたらしい、見せしめとして残忍な死刑方法だったのです。とても映画ではここまでは描くことは出来ないでしょう。

 しかしこの十字架の死は救世主である神、イエス・キリストにとってふさわしいことである、という記述が聖書にはあります。あのみっともない姿が、神の御子である方にふさわしいとはどう言うことでしょうか。ヘブル書2章10節にはこう説明されています:

神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。


 何とイエス・キリストが十字架上で苦しまれたことは、「多くの子たちを栄光に導く」ためにふさわしいことだと聖書は教えます。「子たち」とは誰のことでしょうか。ヨハネ福音書1章12節は次のように教えます:

しかし、この方(イエス・キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。


 「子たち」とはイエス・キリストを信じ受け入れる人々のことです。イエスが十字架上でむごたらしくぶざまな死を遂げたのは、あなたや私が彼を信じて神の栄光を受け取るためでした。本来は私たちが罪の滅びを受けるべきところを、イエス・キリストが十字架上でその滅びを引き受けてくださったのです。それゆえ十字架の死は救い主である神、イエス・キリストにはふさわしいものだったのです。

 本来なら私たち人間が十字架上のむごい苦しみとぶざまな姿を受けるべきでした。今も多くの人々が自分では気付かずに罪の中でむごい苦しみとぶざまな姿をさらしています。しかしイエスは全ての罪の滅びを一身に受けてくださいました。もし私たちがイエスを救い主として受け取るのなら、誰もがその滅びから免れイエスの与える生ける道を歩むことができるのです。

ヘブル書10章19節20節
こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。
イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。


 あなたはイエス・キリストを救い主として受け取るのにふさわしい方です。イエスは十字架上であなたに命懸けで愛を示してくださいました。この愛を受け取って神の子となり、イエスの与える新しい生ける道を歩んでください。

 あなたがキリスト者なら、今日もイエスとの深い交わりの中でいのちを豊かに受け取りましょう。この方こそ私たちの道であり、真理であり、いのちです。

 あなたがまだこの方との関係を持たないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。この方を受け入れ、生ける道を歩みいのちを受け取ってください。

 



神と人の本当の関係.WAV




 (「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html




posted by モトイ at 05:00| 千葉 曇り| Comment(2) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

世の終わりの惑わし

 あるカルト宗教の教祖は自分がイエス・キリストの兄だと名乗っているそうです。そしてキリストは人類を救済しようとしたが失敗し、十字架に付けられてしまったので、仕方なく兄である自分が人類救済を果たしに地上にやって来たと言っているのだそうです。まるでウルトラ三兄弟のような話です。

 よくもまあそんな作り話が出来ると思いますが、それを信じている人々が何百万人もいることにはさらに驚かされます。まともに聖書を読めば絶対にそんなことには騙されないと思いますが、実はこのことも世の終わりのしるしとしてあらかじめ聖書に書かれていることです。マタイ24章3節から5節には以下のように記されてあります:

イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」
そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私こそキリストだ。』と言って、多くの人を惑わすでしょう。


 私たちはすでにこの前兆の現れている時代に生きています。先のカルト宗教の創始者だけではなく、小さい者ではインターネットで検索すればそんな人はごろごろ出てきます。2005年の衆議院総選挙でもそんな人が立候補していました。その人は自分のホームページの掲示板で「自分こそ再臨のイエスである」と主張していました。ところがその掲示板に誰かにいたずらで、「あなたは再臨のイエスではありません。なぜなら私こそ再臨のイエスだからです」という書き込みをされ、再臨のイエスと名乗る彼は怒りに満ちた品性の低い返事を書き込んで、その狂人振りをあらわにしていました。まさしく世は狂人の狂い咲きの様相を呈しています。

 イエスは「人に惑わされないように気をつけなさい」と警告しています。このことは多くの人々が惑わされることを意味しています。別の箇所で聖書は次のように警告しています(第2テサロニケ2章3節):

だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現われなければ、主の日は来ないからです。


この「主の日」とは、イエス・キリストの再臨のときを指します。この日には全ての悪に終止符が打たれ、神の完全なる統治が始まります。しかしその前に多くの人々が聖書と聖書の神から離れる背教の時が訪れることが預言されています。そして「不法の人」とも「滅びの人」とも呼ばれる人物が登場します。この人は惑わしにあった多くの人々から歓呼の声で迎えられますが、その行き着く先は滅びでしかありません。

 これらのことはもうすでに起こりつつあることです。もし私たちが人を見て自分の行き先を決めるのであれば必ず惑わされます。しかし聖書と聖書の神によって導きを得るのなら、私たちは安全に守られます。

 まだ時間があるように見える今この時にこそ、私たちはイエス・キリストとの関係を築き上げる必要があるのです。

 あなたも聖書と聖書の神、イエス・キリストによって安全を確保してください。

 あなたがキリスト者なら、今日もこの神との交わりを深めましょう。この方こそ私たちの砦です。

 あなたがまだこの方との関係を持たないのなら、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。時間は刻々と過ぎ行きます。ひょっとしたらもう時間が無いのかもしれません。最も重要な決断を後回しにせず、早くキリストを受け入れてください。

 今日もこのブログを訪れて下さり有り難うございます。

 皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの平安が豊かに望みますように。



神と人の本当の関係.WAV





(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html




posted by モトイ at 13:00| 千葉 曇り| Comment(4) | 預言講解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなたも何かを信じている

お早うございます。
モトイです。

今日の皆さんの上に、神の豊かな祝福がありますように。

 人は知識や理性よりも、信じてしまったことから受ける影響の方が強いようです。私の母は蛆虫が何も無い所から湧いて出ると信じ切っていました。そこで私は蛆虫はハエの幼虫であり、ハエの幼虫はハエが卵を産み付けない限り湧いて出てこないということを、懇切丁寧に説明したことがあります。母は「なるほど、そりゃそうね」と納得して聞いていました。母の理性は知識を受け入れたようでした。しかし次の瞬間、感嘆とも驚愕とも言える高い声をあげながら感心し、「でも不思議よね、だって本当に何も無い所から蛆が湧いて出て来るんだもん」と、のたまわっていました。私は呆れながら母にもう一度同じことを繰り返して説明しました。

 どんなに懇切丁寧に説明しても、知識が自分の信じてしまったことを変えることはなかなか難しいようです。同じようなことは科学的な知識についても言えるのだと思います。科学が全てを解明していると思うことは事実ではなく、人々が信じてしまった信仰です。この科学という信仰は厄介で、人々を唯物的な価値観で満たしています。そして科学的な信仰は、聖書が神の存在と人が神によって創造されたことを述べていることをおとぎ話や神話のように信じさせます。

 しかし聖書は神を信じる信仰は一方的に与えられる神からのプレゼントであると言っています。新約聖書のエペソ書2章8節9節は次のように教えます:

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

 
 キリスト者になるということは、神からのこの信仰というプレゼントを受け取ることです。人は誰も、聖書を理解して納得したからイエス・キリストを信じるのではありません。キリストを信じてその後に真理を知るのです。そしてこの順序は神が望んでいるプロセスです。第二テモテ4章8節には神が全ての人が救われ、そして真理を知るようになることを望んでいると書いてあります。

 キリストを信じることは知識ではありません。まず信仰を受け入れ、神とのつながりを築き、そして神に対する知識を吸収するのです。

 キリスト者としての生活は、この神との個人的な交わりのことを言います。この個人的な神との交わりは、全ての人に提供されている神からのプレゼントです。あなたがもし自分自身に科学という信仰があることに気付いたのなら、一度その信仰を手放してみるのも客観的な「科学的態度」かも知れません。

 あなたもイエス・キリストを心に迎え入れ、神との交わりの生活をはじめてください。

 あなたがキリスト者なら今日もこの方とつながり、この方の愛と導きを受けましょう。今日キリストとともに生きる決断は、あなたを神とつなげ安全に導きます。

 あなたがまだこの方との関係を持たないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。知識は後から与えられます。まず神からのプレゼントであるキリストを受け入れてください。




神と人の本当の関係.WAV




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2009年11月17日

イラン、核問題で遂に勝利宣言?!

 アメリカのジャーナリスト、アンドリュー・ブレイトバート(Andrew Breitbart)の主催するニュースポータルサイト、ブレイトバート.com(Breitbart.com)によりますと、イランのアフマデネジャド大統領がまた、とんでもない大胆発言をしたようです。(http://www.breitbart.com/article.php?id=CNG.fb407a29940087021156acc9ac5da41f.1b1&show_article=1&catnum=0

記事によると発言の内容はイラン国営通信によって、国連の核時勢リポートの発行を控えたこの時期に伝えられたようです。アフマデネジャド大統領は昨日の月曜、「敵はあらゆる手段を通じてイランの核開発を政治問題化し、イランが諦めるように仕向けたが、すでに彼らは敗北した」と発言。さらに、「西側諸国がイランの核開発に協力するのは彼らの利益になる。なぜならいくら彼らが我々に抵抗しようとも、イランは返って強くなり、核技術は進展していくからである」と述べたということです。

一方記事ではアメリカのオバマ大統領が日曜日に、ロシアのメドベージェフ大統領からイラン問題に対して強力な支持を取り付けたと報じています。ロシアは現状のイラン問題の進展を喜んでおらず、このような危機が続けばイランに対する経済制裁もやむなしと、メドベージェフ氏はオバマ氏に伝えたとのことです。

記事にはもうひとつ大きなことが伝えられています。それはロシアのニュースメディアがロシアのエネルギー相のセルゲイ・スマトコ氏の発言として、イランのブシェール核施設の稼動が遅延すると伝えたことです。報道によると2009年中の稼動を目指していたブシェール核施設は、今年中の稼動が不可能であるほど作業が遅れているとのことです。

ブシェールの始動が今年中には無理ならば、イスラエルがあわててイランを攻撃することも無いということでしょうか。それにしてもアフマデネジャド氏の挑発的な発言は、彼の役者としての器の大きさを物語っているように思います。

私は以前からオバマ氏もアフマデネジャド氏も支配エリートの立てた役者だと述べてきました。世界は見えているようには動いておらず、実は裏では筋書きが決まっている茶番劇なのだと思います。

その支配エリートらと接触のあるリンゼイ・ウイリアム牧師が最近、支配エリートのミスターXから今後の2年間に起きることを聞いたそうです。それによりますと、経済崩壊は2年間で徐々に進み、アメリカは跡形もなくなるそうです。そして中東戦争は2年後に起こされるのだそうです。詳しくはトゥルーススィーカーJAさんのサイトに詳しいです。(トゥルース・スィーカー・JAさんのサイト 日本語 http://www.truthseekerja.org/

何年も前からイスラエルがイランを攻撃するという「戦争の噂」状態が続いています。イエス・キリストが預言した世の終わりのしるしの現われです。いずれ中東はイランとイスラエルを中心に戦争を引き起こすことになるでしょう。なぜならそれは再三ご紹介して来たように、エゼキエル書38章39章の預言の成就だからです。

しかしキリストが述べているように、私たちはいつとかどんな時にとかは注目すべきではありません(使徒1章7節)。それよりもむしろ私たちは、今こそ聖書と聖書の神に注目すべきなのです。

イエス・キリストをあなたの神として心の中心に迎え、聖霊なる神と共に歩んで下さい。

あなたがキリスト者なら今こそこの方との交わりを深める時です。この方こそ私たちの希望、私たちの砦です。

あなたが未だこの方との関係を持たないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。注目すべきは聖書と聖書の神であって、この世の混乱ではありません。時間を無駄にせず神の観点を受け取ってください。

今日もこのブログを訪れてくださり有り難うございます。

皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの知恵と導きが大いに降り注ぎますように。


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posted by モトイ at 12:56| 千葉 曇り| Comment(6) | 終末のしるし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子供の成績と携帯電話の使用頻度:千葉日報より

お早うございます。
モトイです。

今日の皆さんの上に、神の愛が豊かに降り注ぎますように。

 千葉日報によれば、全国の中学生の60%、小学生でも30%が携帯電話を持っているそうです。そして携帯電話の使用頻度が高ければ成績は低く、使用頻度が低ければ成績が高い傾向があることが分かったそうです。(http://www.chibanippo.co.jp/news/chiba/politics_economy_kiji.php?i=nesp1258333978

一見携帯電話と学校の成績に相関関係がありそうなデータですが、これはコミュニケーションの問題だと思います。学校以外でも電話や携帯メールでしょっちゅうやり取りをするような子は、コミュニケーションに飢えていると言えるのではないでしょうか。すなわち、本来あるべき家庭でのコミュニケーションに、子供が見切りを付けなければならない理由が何かあるのでしょう。

その理由とは例えば、家の中で喧嘩が絶えないとか、テレビを中心にした家族でコミュニケーションが無いとか、仕事熱心で父親不在になってしまうことなどです。これらの家庭内の諸事情によ、りコミュニケーションが歪んだり途絶えたりすれば、子供はそのコミュニケーションを家庭の外で探すでしょう。しかし自分自身のコミュニケーション能力もまだ未発達です。そこで携帯メールによって簡易コミュニケーションが成立するのだと思います。

成績が低くなるのは携帯電話の使用頻度の裏側に隠されている、家庭内でのコミュニケーションの崩壊が理由だと思います。この崩壊は子供の責任ではありません。ならば、子供の成績が低くなることも、子供本人の責任ではないことになります。では誰の責任なのか。もちろん親です。

実のところコミュニケーションの崩壊をもたらした親にも、自分自身に歪んでしまったコミュニケーションの問題があります。そしてその問題は全ての人の問題でもあります。

もともと人は、神によって造られた存在です。神が人を創造した理由は、愛情を注ぐためです。神は愛の根源であり、愛そのものです。したがって愛を表現するために神は、人という存在を望んだのです。これがコミュニケーションの根本です。

ところが人は神から離れて生活しています。神から流れるはずの愛も受け取らず、自分自身の内にある干からびて死に絶えそうな愛を鼓舞してコミュニケーションを取ろうとします。ここで私たちは他人や自分を傷つけるような行動をとってしまい、コミュニケーションは崩壊していくのです。

イエス・キリストは人と神の関係を回復するために来られました。罪の裁きを十字架上で引き受け、私たちが神にあって生きるように、死の三日後によみがえられました。この方をあなたの個人的な救い主として受け入れる時、あなたと神の関係は修復されるのです。

あなたも神とのコミュニケーションを回復し、神の愛を心に受けてください。この愛があなたを癒し、あなた本来の活き活きとした姿を輝かせます。

あなたがキリスト者なら、今日もこの方との交わりを深めて歩みましょう。この方が私たちの道であり、いのちであり、真理です。あなたがさらに輝くために、さらに深い交わりの時をこの方と送りましょう。

あなたが未だこの方との関係を持たないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。本当に重要な決断は早めに実行するべきです。


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2009年11月16日

子供の成績と親との距離

 数年前、台所に子供用の小さな勉強スペースを作ることが一部の人々の間にはやったそうです。その理由は、ある統計によると成績の良い子供の多くが自分の部屋があってもそこで勉強せず、居間や台所で勉強していたという結果があったからだそうです。親としても子供が台所で勉強してくれれば、自分が食事の支度をしながらでも子供を見ることが出来るので安心でもあるようです。

 この話を私にしてくれた方は、中学1年と小学4年の女の子の父親でした。彼は子供たちに、「面白い統計の話を聞いたので、今日から台所で勉強してみなさい」と勧めたそうです。しかし彼女たちはしばらくは居間のテーブルで何かをしていたものの、すぐに自分の部屋に戻っていってしまったそうです。彼はその話をしながら「これだからうちの子はだめなんだよなー」などと言っていましたが、だいぶずれている話だと思います。

 台所で勉強していた子供の成績が良かったのは、親との関係がしっかりしていたからでしょう。そういう子供は自分の部屋に閉じこもって何かをするよりも、親のそばで同じことをするほうが安心なのだと思います。安心なので家事仕事の雑音の中でも、子供は集中して勉強も出来るし、集中するから短時間で身に付くのでしょう。それでたとえ親と喋りながら勉強しても、子供の成績は上がっていくのでしょう。

 逆にいえば、親との関係がうまくいっていない子供は何をやっても不安で集中できないのではないでしょうか。特に親同士が険悪な雰囲気であったり、子供を恐怖で支配したりする場合は、子供の心に大きな傷をつけることになるのだと思います。

 先の男性は、統計上そうなっているからと子供たちに指導したようですが、もともとの親子関係を根本から考え直した方が良さそうです。私がやんわりとそんなことを言ってみたところ、彼は自分はまだ中一の娘とお風呂に一緒に入れるのだから大丈夫だと、自信を持って答えました。親子関係のずれも問題ですが、父親本人のコミュニケーション能力のずれや思い込みのほうが大きな問題なのかもしれません。

 こんなことをご紹介したのも実は、私たち人間がまったく同じようなことを毎日しているからです。書店に行けば沢山の自己啓発書や成功本があふれています。その内容は積極的な思考や、口癖の効果、心の世界が自分の周りに現れるなど、ほとんど同じような内容ばかりです。しかし毎月新刊ランキングにはそういったビジネス書がいつも上位に登場します。それはやはり人々が自分自身のことを向上させたい思いの現われなのでしょう。

 しかし根本的な問題は、私たち人間が自分の創り主である方、天の父なる神との関係を壊してしまったことにあります。それゆえに私たちの心には常に不安があります。それでも意欲のある人はビジネス書や自己啓発セミナーなどに通ったりします。それらの努力は一時的には効果的ですが、しばらくするとまた別の刺激が必要となります。同じような内容のビジネス書が常に出版され続けている背景には、このような事情があるのです。私たちは神との関係を取り戻し、神から来る平安を受け取る必要があります。

 イエス・キリストはヨハネ14章27節で、「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」と言いました。世の中が与える平安は持続しません。世に目を留めれば心は騒ぎ、恐れがやってきます。しかしイエス・キリストによる平安は、あなたを本当のあなたらしく活き活きとさせ、世が与える恐れをあなたの心から締め出します。

 あなたもイエス・キリストにより頼み、いのちを豊かに受ける生き方を選んでください。

 あなたがキリスト者なら、今日もキリストからいのちを受け取りましょう。この方との交わりが私たちを安全に導きます。

 あなたがまだこの方との関係を持っていないのなら、今すぐイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。回り道をすることなく、早くこの方との関係を築いて下さい。

 今日もこのブログを訪れて下さり有り難うございます。

 皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストのいのちと平安が大いに降り注ぎますように。



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posted by モトイ at 13:10| 千葉 | Comment(2) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっぱりそうか!インフルワクチンスピード量産が可能に!?

お早うございます。
モトイです。

今日の皆さんの上に、神の豊かな祝福が臨みますように。

 このブログでは度々紹介していますように、新型インフルエンザ騒動は人工的に作られた騒ぎと私は見ています。そしてインフルエンザウイルスよりもその対策用のワクチンのほうが危険であると言う意見もここで紹介してきました。
(ワクチンの罠http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/121150002.html?1244527187
(ワールドブロガー協会取材会参加報告http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/130101692.html?1255328891

もしもネット上での情報が本当で、新型インフルエンザが人工的に作られ、ワクチンを予防接種することによって支配エリートたちが人口削減や健康被害を起こそうとしているのなら、ワクチンの危険性を訴える声を掻き消すために、インフルエンザの死亡報告の喧伝と、ワクチンの不足のパニックをかもし出すことは、彼らにとっては賢明な作戦でしょう。

そしておもむろに大量に作っておいたワクチンを接種する。これが彼らの手なのだと思います。

医療の研究職につかれている方の管理する「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」によると、これからアメリカで政府認可のために審査を受けようとする技術は、3日でインフルエンザワクチンの原料を作ってしまうほどのスピードワクチン量産技術なのだそうです。なんでも芋虫を使って量産するのだとか。(詳しくは:http://blog.goo.ne.jp/tabibito12/e/07a9a5f33b360ece11c6c7a5c3798a83

しかしその技術は恐らく前からあったのだと思います。そしてこの報道も、それほど公にはならないことでしょう。

アメリカのクリスチャンラジオ、「ラジオリバティー」のスターン・モンティー博士によると、支配エリートはサタニズムカルトの儀式でつながっている人々なのだそうです。そして彼らの信条のひとつに、自分たちがこれから起こそうとすることを、必ずこっそりと人々に知らせなければならない、と言うルール(教理)があるのだそうです。

そのことから考えると、インフルエンザの騒動が起こる前からすでに来るべきパンデミックについての情報が流れていたり、地震や気象変動を操作できると言う兵器、HAARPの出力の動きがネット上で公開されていたりすることの理由もうなずけます。

まだまだ日本ではワクチン騒動が起こるほどパニックにはなっていません。しかし諸外国では、国家間でワクチンの融通を頼みあっている状態だそうです。人々がワクチンを進んで打ちたくなるように、まだまだワクチン不足騒動は大きくなると思います。

この世の中はこれからさらに混乱してくるでしょう。そんな中で目覚めた人々が支配エリートについて話せば、陰謀論だとわざと嘲笑する勢力も出てくるでしょう。しかし聖書の記述を見れば、陰謀論以前に世の中が人の罪によってさらに混乱することが分かります。

世の中を見つめていれば世の中の混乱が私たちを混乱に陥れます。しかし聖書を私たちの規範とするならば、どんなに世が混乱しようが、私たちはその先にある神の完全なる支配を期待することができます。

私たちは今こそ、聖書と聖書の神に立ち返った歩みをするべきなのです。

あなたもイエス・キリストに日々の歩みを導かれて、あなたの安全を確保してください。

あなたがキリスト者なら、この神との交わりを今日も深めましょう。この方と共にあるのなら私たちは安全です。

あなたが未だこの方との関係を持たないのであれば、今すぐにでもイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。あなたの安全を一刻も早く確立してください。


神と人の本当の関係.WAV




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posted by モトイ at 05:00| 千葉 雨| Comment(2) | 終末のしるし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月14日

勝手にシャバット礼拝14

モトイです。

勝手にシャバット礼拝します。

まずは賛美で心を捧げます。
09 あなたと二人.wma
メビックです。
子供教会の賛美ですが大人でもそのシンプルな内容に心打たれます。

今日のメッセージのタイトルは「心を静まらせるために」です。18分です。
1114「心を静まらせるために」使徒21章7節〜14節.WAV

勝手にやっていることですが、聞いてくださる方にはとても感謝しています。

以下に聖句を載せます。

聖書箇所:使徒21章7節〜14節
21:7 私たちはツロからの航海を終えて、トレマイに着いた。そこの兄弟たちにあいさつをして、彼らのところに一日滞在した。
21:8 翌日そこを立って、カイザリヤに着き、あの七人のひとりである伝道者ピリポの家にはいって、そこに滞在した。
21:9 この人には、預言する四人の未婚の娘がいた。
21:10 幾日かそこに滞在していると、アガボという預言者がユダヤから下って来た。
21:11 彼は私たちのところに来て、パウロの帯を取り、自分の両手と両足を縛って、「『この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人に、こんなふうに縛られ、異邦人の手に渡される。』と聖霊がお告げになっています。」と言った。
21:12 私たちはこれを聞いて、土地の人たちといっしょになって、パウロに、エルサレムには上らないよう頼んだ。
21:13 するとパウロは、「あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています。」と答えた。
21:14 彼が聞き入れようとしないので、私たちは、「主のみこころのままに。」と言って、黙ってしまった。

第一コリント13章9節
というのは、私たちの知っているところは一部分であり、預言することも一部分だからです。

ピリピ書1章21節
私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です

ガラテヤ書2章20節
私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

出エジプト記14章14節
主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。

エペソ書4章29節
悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。

ピリピ書4章8節
最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。

ヘブル書12章2節3節
12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
12:3 あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。







posted by モトイ at 10:58| 千葉 雨| Comment(5) | 礼拝メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モーシェ君からの季節のご挨拶

お早うございます。
モトイです。皆さんご機嫌いかがでしょうか。



さて、モーシェ君が季節のご挨拶をするそうです・・・。




(う〜ん・・・)
主イエスを見つめるモーシェ君  考え中?



(じー・・・)
罪びとを見つめるモーシェ君 え?なになに?




(それっ!)
にょき! (さっ!)


なんです?


(これだ!)
モーシェもみじ っお!もみじ!


な〜る・・・


モーシェもみじで秋のご挨拶ですか。
モーシェもみじ その2 さすが聖書猫!


時の移り変わりに敏感ですねぇ〜。


感心感心。



では抱っこして足のもみじも・・・
あんよもみじ パシャットね!


私たちの身の回りには沢山の神様の語りかけがあるんですねぇ〜。


使徒の働き17章28節
「私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。」




今日もモーシェ君にたくさん教えられました・・・。
(じーん&しみじみ)



俺たちっ!時代を見つめる見張り人!
洗濯物の影からこんにちは! イェ〜イ!(・・・)


っという訳で皆しゃん、また来週ぅ〜。









posted by モトイ at 05:00| 千葉 曇り| Comment(2) | 聖書猫、モーシェ君が行く! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

イラン大統領、堂々とオバマ氏に“チェンジ”を促す

 イラン大統領のアフマデネジャド氏はつくづく大した役者だと感じます。かつてアメリカのブッシュ元大統領が「悪の枢軸」発言をしてすわ戦争か、と思わせられた時節に、彼は堂々とアメリカのニューヨークにある国連本部を訪問し、大胆に演説をして悠々と帰っています。当時私はアメリカの高圧的なイランに対する発言よりも、堂々とアメリカにやってきたアフマデネジャドの見せた笑顔のほうに凄みを感じました。

11月11日付のエルサレムポスト電子版の記事によれば、アフマデネジャド氏はトルコのイスタンブールで開かれたイスラミック会議において、オバマ氏に対するメッセージを送ったようです(http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1257770037656&pagename=JPost%2FJPArticle%2FShowFull

記事によるとアフマデネジャド氏は、「オバマ氏が信条として掲げた“チェンジ”を認識するかしないかは彼次第だ」とし、「アメリカはイスラエルとイランの双方に味方することはできない」、「偉大な“チェンジ”は偉大な選択無しにはあり得ない」と発言したとのことです。

さらに彼は「“チェンジ”は実行されなければならない」と、オバマ氏のスローガンを盛り込んで巧みな演説を展開します。曰く、「我々はその“チェンジ”を歓迎し、大いなる正しい決断を待つ。我々は誠実に差し延ばされた手ならば誰とでも握手をする。」と、経済制裁もどこ吹く風の大胆さです。

記事から判断して実に見事な演説のように思えます。イスラエルのネタニヤフ首相との会談をそれほど公にできなかったオバマ大統領と比べると、やはりアフマデネジャド氏の堂々とした態度が引き立ちます。(「オバマ氏、イスラエル首相との会談を隠したい?」http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/132707833.html?1258004677

私はオバマ氏もアフマデネジャド氏も、共に支配エリートらの立てた役者に過ぎないのではないかと疑っています。そしてつい最近舞台に上がったオバマ氏よりも、歴戦の勇士といった観のあるアフマデネジャド氏のほうが、より主役のそばに近い役者なのではないかと思います。

それは彼らの貫禄の違いだけが理由ではなく、聖書的な見方からも裏付けられます。

度々ご紹介している旧約聖書、エゼキエル書の38章39章には、世の終わりの時にメシェクとトバルの大首長(ロシア)がペルシャ(イラン)とその他のイスラム諸国と共謀してイスラエルに戦いを挑む預言があります。イスラエルはこの時、同盟国の助けがあるような記述がありません。すなわち、現時点での最大の同盟国アメリカは、何らかの理由でイスラエルを助けないことが分かります。

イスラエルはこの時、神の奇跡によって勝利を治め、世界はイスラエルの神が本物の神であることを認めることになります。

私はアフマデネジャド氏はひょっとしたら、この時の戦いのイラン側の指導者なのではないかと思っています。その貫禄は十分にあります。

しかし預言によるとロシアも含むイスラム側は決定的な大敗北を喫し、その時仲裁に入る人物の提供する和平案を受け入れることとなります。その人物こそ、後に反キリストとして正体を表す人物です。

その人物はEUを基盤として登場し、世界統一政府のリーダーとして祭り上げられることになります。

したがっていよいよ登場することになるEU大統領の選出は、聖書解釈的に大きな注目の的です。

私たちが意識しようとしまいと、イスラエルの再建やエルサレムのユダヤ人による支配回復は、世の終わりの時代のしるしです。すでに私たちは、聖書の残りの預言が成就する時代に生きています。

世の終わりとはその先にある神の国の到来の前触れです。人間的なものが全て腐敗し硬直したあと、神の完全なる統治が訪れます。

今こそ私たちは聖書と聖書の神に立ち返った歩みをするべき時です。

イエス・キリストをより頼み、あなたの安全を受け取って歩んで下さい。

あなたがキリスト者なら、今日もこの方との交わりの内に確かな導きを受けて歩んで下さい。この方こそ私たちの砦です。

あなたが未だこの方とつながりを持たないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。あなたの人生で最も重要な決断を、一刻も早く済ませてしまうことをお勧めします。

今日もこのブログを訪れてくださり有り難うございます。

皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの栄光と誉れが大いに輝きますように。



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オバマ氏、イスラエル首相との会談を隠したい?

お早うございます。
モトイです。

今日の皆さんの上に神の豊かな祝福が降り注ぎますように。

 BBCニュースによると、イスラエル首相のベンジャミン・ネタニヤフ氏が今週初めホワイトハウスを訪問し、オバマ大統領と2時間にわたって会談したそうです。(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/8350724.stm

この会談はネタニヤフ氏がオバマ氏に会う2回目の会談で、エルサレムやウエストバンク(ヨルダン川西岸地区)への入植用のビル建設の中止をネタニヤフ氏が拒絶した緊張の中で行われました。BBCによるとこの会談は少し通常の首脳会談とは趣を異にしていたようです。

何が通常と違ったかと言うと、記者会見も写真撮影もなく、オバマ氏がイスラエルに対する支持を堂々とアピールしなかったことで異例だとのことです。

記事にはオバマ氏は中東和平がこう着状態に至っていることをもがいており、余り積極的にイスラエル支持を表明したくないのだと言う説明がなされていました。周辺諸国を刺激して事態を悪化させたくないと言う意味です。

2時間の対談で話し合われたことが余り伝わってこないこともこの会談の特徴だと記事は述べています。BBCは推測で、今後の中東和平についてをどう進めるのかや、イラン問題も話し合われたのではないかと述べるに留まっています。

就任10ヶ月目にしてオバマ氏もイスラエルやエルサレムの問題に手を焼きだしているようです。ゼカリヤ書12章3節の預言が彼の上にも成就しているようです:

「その日、わたし(神)はエルサレムを、全ての国々の民にとって重い石とする。全てそれをかつぐ者は、ひどく傷を受ける。地の全ての国々は、それに向かって集まってこよう。」

 中東和平を実現させたかに見えたPLOのアラファト議長とイスラエルのラビン首相は、そろってノーベル平和賞を受けました。しかし共に今は亡き人です。中東和平も進展していません。

もしこの地域の平和を実現した人が出てくるのなら、その人は後に反キリストとして正体を現す人物であると、多くの聖書研究者たちは言っています。

ほとんどの人々がまだまだ世の中は続くと思っているでしょう。しかし聖書的な観点から世の中を見れば、二千年来中東に存在しなかったイスラエルと言う国家が、1948年に再建されたことがすでに世の終わりのしるしです。

しかも1967年には、ユダヤ人がエルサレムの旧市街の支配権を取り戻しています。

この二つの出来事が起こったことで、旧約聖書の殆どの預言が成就する土台ができてしまっています。

私たちはすでに、神の言葉が成就する時代に生きているのです。

今こそ私たちは聖書と聖書の神に立ち返った歩みをしなければなりません。

イエス・キリストをあなたの心の中心にお招きし、あなたの安全を確保してください。

あなたがキリスト者なら今日もこの方と深い交わりを保ちましょう。この方こそわたしたちの砦です。

あなたが未だこの方との関係を持たないのなら、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。人生で最も大切な決断は、一刻も早く済ましてください。



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2009年11月12日

神の御心を判断するには? (その2)

 神の御心は環境が無理やり強いるような中では現されず、かえって自分の日常の淡々とした営みの中で語られるとお話しました。今回は神が私たちに御心を伝える時に、私たち人間の心がどう揺れ動くかをモーセの召命の箇所を通してご紹介します。

 モーセはイスラエル民族の子として生まれましたが、エジプトの王室の養子として育てられました。しかし彼は自分がイスラエル人であることを自覚していました。その当時のエジプトにはイスラエル民族が奴隷としてエジプト人に仕えていました。モーセはエジプト人のイスラエル人に対するひどい扱いを見るたびに心を痛め、いつか自分がイスラエル人のリーダーになって、彼らを救い出すのだと夢を抱いていました。そしてあるときその良い切っ掛けがありました。

 モーセの目の前でエジプト人がイスラエル人を虐待していました。そこでモーセはエジプト人を殺し、イスラエル人を逃がしました。この噂はイスラエル人の間に広まり、モーセのしたことをイスラエル人の誰もが知るようになりました。しかし彼らはモーセをリーダーとしては意識できずに、モーセが彼らのことをまとめ、リーダーとなることを拒絶しました。そしてモーセは単なるエジプト人殺しの犯人となり、エジプトから逃げ出さなければなりませんでした。

 エジプトから逃げ出したモーセは荒野で羊飼いらとともに生活し、家族も得ました。ある日モーセは羊飼いとしての仕事を淡々とこなしていました。羊を追い、荒野を歩いていると火が見えました。火事です。柴が燃えています。しかし良く見ると、柴は燃えているのに燃え尽きることなく、火は同じ柴を焼きつづけています。この不思議な光景は神の語りかけの始まりの現象でした。このときの情景を聖書は以下のように記述しています(出エジプト記3章1節から3節):

モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来た。
すると主(神)の使いが彼に、現われた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。
モーセは言った。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう。」
主は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ。」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります。」と答えた。


 ここから神とモーセの会話が始まります。このときモーセは「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう」と言いました。この文の中には日本語でも英語でも非常に訳しづらい「ナァ」というヘブライ語の単語が使われています。この単語は嘆願を表したり感嘆を表したりします。そのほかにも「さあ」とか、「よし」とか、人が何かの行動をするときの切っ掛けの掛け声のような意味にも訳されます。つまりこの単語は、心が何かに揺さぶられた時の表現に用いられるのです。

 この箇所から分かることは、神が語るときの私たちの心の興奮です。神は私たちの周りのあらゆるものを通して私たちにかたります。そしてその語り掛けに私たちが興味を現す時、モーセのような反応をします。

 このときモーセは神の起した不思議な火を見ます。その火は未だモーセにとっては神の語りかけとは分かりませんでした。しかしこの不思議な火にすでにモーセの心は興奮しています。日常の生活の中でしなければならないことを淡々とこなしていたモーセに、神は不思議なやり方で興奮を与え、神の思いを伝えます。私たちの心に神がその思いを植えようとするとき、私たちの心は興奮します。その切っ掛けがどのようなものであるのかは、その人その人で違うでしょう。しかし神の思いは不安や恐れや、環境が無理やり強いるような形ではなく、神でしかわからないその人その人にふさわしい興奮として語られるのです。それゆえ私たち人は、常に神と交わり、神から感動を受けつづける必要があるのです。

 あなたはすでにこの方との関係を持っていますか。

 あなたがキリスト者なら、今日もイエス・キリストに感動し、今日という一日の枠内で精一杯、主と共に過ごしましょう。この方に感動することが、あなたをこの方の思いと一つにします。

 あなたが未だこの方を知らないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。最も重要な決断を早く済ましてください。

 今日もこのブログを訪れて下さり有り難うございます。

 皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの与える感動が大いに降り注ぎますように。





神と人の本当の関係.WAV




(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html




posted by モトイ at 13:00| 千葉 雨| Comment(0) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなたの心を打ち振るわせるもの

お早うございます。
モトイです。

今日の皆さんの上に、神の豊かな祝福が降り注ぎますように。

 音叉(おんさ)という道具があります。楽器の調律に使う道具で、取っ手の上がUの字の形をした鉄で出来た道具です。この音叉を叩くとある一定の音を発します。私もギター用の小さな音叉を持っています。この音叉を叩くと綺麗な「ラ」の音を発します。いつ叩いても「ラ」の音です。雨でも晴れでも、熱くても寒くても「ラ」の音階を正確に発します。この音叉について面白い話を聞きました。

 音叉は振動すると音を発します。しかし音を発していない音叉のそばで、その音叉の発する音を鳴らすと、しだいにその音叉も振動し始め、音を発するようになるのだそうです。私はこのことは人間の心の状態とよく似ていると思います。

 私はビジネス書や自己啓発書の類が好きでよく読みます。それらの本には時に、自分が付き合う人間を選ぶべきであることが強調されています。その理由は、人は他人によって影響を受け易いからです。

 私は人の心の中には様々な音階の音叉のようなものがあると思います。そして私たちは自分がよく使う音叉を握り締めています。ある人は「怒り」という音叉を握り締め、自分の周りにある「怒り」の音源に敏感に反応します。またある人は「自己憐憫」という音叉を握り、少しでも「自己憐憫」が出来る時はその音叉を打ち震わせています。

 ビジネス書に書いてあることを私の言葉で言い換えるとこうなります。人は誰でも心の中に様々な音を発する音叉をたくさん持っています。その音叉があなたの音色を決めます。それゆえに私たちは、自分があこがれる人の音色を聞けば、私たちの心の中のその音叉が共振し、同じ音を発するようになります。

 様々な種類の音叉を心の中に収めている私たちですが、聖書には私たちの心の中に「永遠への思い」があると教えます(伝道者の書3章11節)。この音叉は神と共鳴する音叉です。そしてこの音叉は、神が全ての人のこころに植え付けたものです。神は私たちの心の中の「永遠への思い」を打ち震わせることによって、私たちが神とつながることを求めています。

 あなたがもし偉大なビジネスマンに自分の心を打ち奮わせるなら、あなたはそのビジネスマンのようにはなることが出来るでしょう。しかし所詮は他人の物まねです。しばらくはうまく行くかもしれませんが、あなたの心の中の音叉はいつも誰かに刺激されないと音を発することが出来ません。例え定期的にあなたの心の音叉をこの世の誰かに刺激されても、それは本来のあなたではありません。

 あなたは「永遠への思い」を通して神に心を打ち振るわせられて、本当のあなたの音色を発するべく神によって造られた人です。あなたの造り主はあなたの良いところも悪いところも全てご存知です。あなたよりもあなたのことをよく知る神は、あなたがいま握っているこの世的な音叉を手放し、「永遠への思い」を手にしてご自分とつながることを望んでおられます。そしてそうすることは、あなたが最もあなたらしく輝くことの入り口となります。

人は神とつながり、神に心を打ち振るわせられることによってこの世で生きる力を受けます。この生きる力は人の本当のいのちです。そしてこのいのちはイエス・キリストのことです。

イエス・キリストに感動する日々は、あなたを本当のあなたらしさで輝かせます。

 あなたも神であるイエス・キリストに心を打ち震わせて、あなた本来の素晴らしい音色を響き渡らせる日々を送って下さい。

 あなたがキリスト者なら、今日もキリストに感動しあなたの音色を世に響かせましょう。あなたが神に感動して世で生活することは、あなたにとっても神にとっても、そしてこの世にとっても素晴らしいことなのです。あなたは神に在ってこそ、素晴らしい音色を響き渡らせることが出来ます。

 あなたが未だこの方とつながりを持たないのであれば、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることをお勧めします。本来のあなたらしさは、神によってしか引き出されることは在りません。創造主なる神にあなたを共鳴させ、あなたでしか発することの出来ない素晴らしい音色を発する特権を受け取ってください。




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posted by モトイ at 05:00| 千葉 雨| Comment(9) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

神の御心を判断するには?

 神は私たち一人ひとりに対して計画を持っています(エレミヤ書29章11節)。しかし私たち人間は罪により神から離れ、ついつい自分の思いで行動してしまい勝ちです。そこで信仰深い人々は神の御心を求めながら祈りつつ生活するのですが、神の御心を知るには具体的にはどうすれば良いのでしょうか。そのヒントが古代イスラエルのサウル王の物語の中に隠されています。

 サウル王はイスラエルの初代君主でした。彼は預言者サムエルから王としての儀式を受ける際に次のように言われました(第一サムエル10章6節7節):

「主(神)の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。
このしるしがあなたに起こったら、手当たりしだいに何でもしなさい。神があなたとともにおられるからです。」


 ところがサウル王は神の御心を損ねてしまい、王位から退けられます。彼はペリシテ人との戦いの際に、祭司である預言者サムエルが捧げるべき神へのいけにえを自分で捧げてしまいました。その理由は、サムエルが約束の日を7日も過ぎてもやって来ず、兵士の士気が下がり中には故郷へ帰ってしまう兵士も出てしまったからです。後にサムエルはこのことをサウル王に叱責しますが、サウルは次のように言い訳しています(第一サムエル13章12節):

「今にもペリシテ人がギルガルの私のところに下って来ようとしているのに、私は、まだ主に嘆願していないと考え、思い切って全焼のいけにえをささげたのです。」


 約束の時間に遅れたのは預言者サムエルの方です。しかもサウルは政治家としても国家を維持しなければなりません。そこで神へのいけにえの儀式によって軍をまとめました。以前サムエルは確かに君主となるサウルに「手当たりしだいに」何でもしなさいと助言しました。しかしサウルが「思い切って」捧げたいけにえは神の御心を損ねました。「思い切って」いけにえを捧げ、兵士が逃げるのを食い止めたばかりかかえって彼らを結束させたというのに、なぜ神の御心から反れたのでしょうか。この二つの表現の違いには、私たちが神の御心を探るヒントが隠されています。

 「手当たりしだいに」という表現は、旧約聖書の原語であるヘブル語ではいくつかの単語がつながって出来た文節です。その直訳は、「あなたの手が出会うものを」という意味になります。つまり神の御心にかなう行いとは、私たちが日々の生活の中で直面する様々な事態を一つ一つこなしていくことの中にあります。

 一方「思い切って」という表現は「アファク」というヘブル語の単語です。この「アファク」には、「強いられたように感じて」というニュアンスがあります。サウル王は兵士が散ってしまうのを防ぐために、状況から強いられて「思い切って」いけにえを捧げました。私たちが状況に強いられたように感じて「思い切って」飛びつく行為には神の御心はありません。

 さらにこの時、サウルが捧げたいけにえは、いけにえを捧げる目的である神を崇めるためになされたのではなく、政治的に執り行われたパフォーマンスでした。また彼が王としてするべき日常の業務からも大きく外れていました。この時点で彼の行為は神の御心から大きく外れてしまいました。何事でも神から離れてなされることは神の御心ではありません。例えそれが目の前にある状況から判断して最善のことであってもです。私たちが何か状況に強いられてあることに飛びつく時、神の御心を無視して行ってしまう可能性があります。

そもそも神とつながらずに何かを判断することは、私たちが世に惑わされる大きな切っ掛けになります。ところが神と常につながる人の心には、神の導きが強く思いとして現れます。ピリピ書2章13節は次のように教えます:

神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。


 神の計画の中で歩むためには常に神との交わりを保ち、日々の生活の中で現れる諸事を淡々とこなす必要があります。そしてその中で神は語り、あなたの心に神の思いを与えるのです。神はあなたに今もこう語ります(エレミヤ書29章11節から13節):

「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。
もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。」


 神とつながり、神との交わりの中で日々を送ることが、私たちを平安の内に将来と希望へと至らせるのです。

 あなたはすでにこの方との関係を持っていますか。

 あなたがキリスト者なら、この方との交わりを常に維持し、常に大胆に神の前に出て歩みましょう。この方こそ私たちの平安であり、希望と将来です。

 あなたが未だこの方との関係が無いのなら、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。この方以外に私たちの確かな導きはありません。一刻も早く人生で一番大切な決断を済ませてください。

 今日もこのブログを訪れて下さり有り難うございます。

 皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの平安が大いに降り注ぎますように。




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posted by モトイ at 13:00| 千葉 雨| Comment(4) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聖書の言葉はあなたを変える

お早うございます。
モトイです。

教の皆さんの上に、神の確かな導きがありますように。

  聖書は神の言葉です。この言葉は私たちの周りや心の中で起きる様々なことを言い表します。新約聖書、ヘブル人への手紙4章12節は次のように教えます:

神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。


 私は聖書がこの世の全てのことを説明できると信じています。それだけ聖書には神の知恵が凝縮されています。しかしそれよりも驚くべきことは、この神の言葉は私たちの内に入ると生きて働くということです。使徒パウロがテサロニケという町で伝導したとき語った神の言葉もそうでした。パウロが語った神の言葉はテサロニケの人々の中に入り、生きて働き、彼らを変えたのです。第一テサロニケ2章13節は次のように教えます:

こういうわけで、私たちとしてもまた、絶えず神に感謝しています。あなたがたは、私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれたからです。この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです。


 このことは現代においても同じです。聖書の言葉を神の言葉として人が受け入れたとき、この言葉はその人の内側で働きその人を変えることが出来ます。なぜなら、神の言葉とはイエス・キリストのことだからです。イエスは神のことばがその人をきよめると教えています(ヨハネ15章3節)。

 古代イスラエル民族は神のことばを委ねられた人々でした。しかし彼らはその恵みをうまく用いることが出来ませんでした。イザヤ書48章17節18節は次のような神のことばを記録しています:

あなたを贖う主(神)、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。


 この時代のイスラエルの民は反逆の民でした。神のことばに従わず、この命令に「耳を傾けさえ」しなかったのです。もし彼らが神の言葉に「耳を傾けさえ」いれば、彼らのうちに神の言葉は入り、彼らは希望を保つことが出来たでしょう。しかし彼らは落胆しつづけたのです。なぜならこのとき彼らはイスラエルの地から遠く離れたバビロンに捕囚されており、彼らは目にするものからは何の希望も見出せなかったからです。それゆえ神はイスラエルの民に語りつづけたのが先の聖句です。

 この後、強大であるように見えたバビロン王国は、新興国メド・ペルシャのクロス王に滅ぼされます。そしてイスラエルの民は神の預言の通りに再びイスラエルの地に帰ることが出来ました。

 この出来事は現代の私たちにも通じます。私たちは聖書の言葉によって希望を持って生きることが出来ます。なぜなら聖書の言葉はイエス・キリストであり、この言葉は今も生きて働くからです。しかし私たちは、多くの場合この言葉を無視して目の前に見えることで一喜一憂しています。

 目の前に見える事態に関わらず、聖書の励ましは次のようにかたります:

エレミヤ書29章11節
わたし(神)はあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

ヨハネ14章27節
わたし(イエス・キリスト)は、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。

ローマ8章28節
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

ローマ8章32節
私たちすべてのために、ご自分の御子(イエス・キリスト)をさえ惜しまずに死に渡された方(神)が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

ローマ8章37節
しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方(神)によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

ピリピ4章13節
私は、私を強くしてくださる方(神)によって、どんなことでもできるのです。


これらの聖書の言葉は神の言葉としてそのまま受け入れるに値します。あなたの目の前の状況がどうであれ、あなたがこれらの言葉を信じるとき、神の言葉の奇跡はあなたのうちから始まります。信じることが出来ない時に信じることこそが、奇跡の始めなのです。

 あなたもイエス・キリストを信じて神と神の言葉の力を体験してください。

 あなたがキリスト者なら、すでにあなたの内で働かれている神の言葉に焦点を合わせ、この方の語り掛けを受け取ることによって力を受け取りましょう。この方を信じることがあなたに神の力の奇跡を体験させます。

 あなたが未だこの方を受け取っていないのなら、今すぐにイエス・キリストを信じることを強くお勧めします。目の前の自体を信じるのではなく、神と神の言葉を信じることでいのちを受けてください。



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posted by モトイ at 05:00| 千葉 晴れ| Comment(2) | 細き御声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする