サウル王はイスラエルの初代君主でした。彼は預言者サムエルから王としての儀式を受ける際に次のように言われました(第一サムエル10章6節7節):
「主(神)の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。
このしるしがあなたに起こったら、手当たりしだいに何でもしなさい。神があなたとともにおられるからです。」
ところがサウル王は神の御心を損ねてしまい、王位から退けられます。彼はペリシテ人との戦いの際に、祭司である預言者サムエルが捧げるべき神へのいけにえを自分で捧げてしまいました。その理由は、サムエルが約束の日を7日も過ぎてもやって来ず、兵士の士気が下がり中には故郷へ帰ってしまう兵士も出てしまったからです。後にサムエルはこのことをサウル王に叱責しますが、サウルは次のように言い訳しています(第一サムエル13章12節):
「今にもペリシテ人がギルガルの私のところに下って来ようとしているのに、私は、まだ主に嘆願していないと考え、思い切って全焼のいけにえをささげたのです。」
約束の時間に遅れたのは預言者サムエルの方です。しかもサウルは政治家としても国家を維持しなければなりません。そこで神へのいけにえの儀式によって軍をまとめました。以前サムエルは確かに君主となるサウルに「手当たりしだいに」何でもしなさいと助言しました。しかしサウルが「思い切って」捧げたいけにえは神の御心を損ねました。「思い切って」いけにえを捧げ、兵士が逃げるのを食い止めたばかりかかえって彼らを結束させたというのに、なぜ神の御心から反れたのでしょうか。この二つの表現の違いには、私たちが神の御心を探るヒントが隠されています。
「手当たりしだいに」という表現は、旧約聖書の原語であるヘブル語ではいくつかの単語がつながって出来た文節です。その直訳は、「あなたの手が出会うものを」という意味になります。つまり神の御心にかなう行いとは、私たちが日々の生活の中で直面する様々な事態を一つ一つこなしていくことの中にあります。
一方「思い切って」という表現は「アファク」というヘブル語の単語です。この「アファク」には、「強いられたように感じて」というニュアンスがあります。サウル王は兵士が散ってしまうのを防ぐために、状況から強いられて「思い切って」いけにえを捧げました。私たちが状況に強いられたように感じて「思い切って」飛びつく行為には神の御心はありません。
さらにこの時、サウルが捧げたいけにえは、いけにえを捧げる目的である神を崇めるためになされたのではなく、政治的に執り行われたパフォーマンスでした。また彼が王としてするべき日常の業務からも大きく外れていました。この時点で彼の行為は神の御心から大きく外れてしまいました。何事でも神から離れてなされることは神の御心ではありません。例えそれが目の前にある状況から判断して最善のことであってもです。私たちが何か状況に強いられてあることに飛びつく時、神の御心を無視して行ってしまう可能性があります。
そもそも神とつながらずに何かを判断することは、私たちが世に惑わされる大きな切っ掛けになります。ところが神と常につながる人の心には、神の導きが強く思いとして現れます。ピリピ書2章13節は次のように教えます:
神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。
神の計画の中で歩むためには常に神との交わりを保ち、日々の生活の中で現れる諸事を淡々とこなす必要があります。そしてその中で神は語り、あなたの心に神の思いを与えるのです。神はあなたに今もこう語ります(エレミヤ書29章11節から13節):
「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。
もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。」
神とつながり、神との交わりの中で日々を送ることが、私たちを平安の内に将来と希望へと至らせるのです。
あなたはすでにこの方との関係を持っていますか。
あなたがキリスト者なら、この方との交わりを常に維持し、常に大胆に神の前に出て歩みましょう。この方こそ私たちの平安であり、希望と将来です。
あなたが未だこの方との関係が無いのなら、今すぐにイエス・キリストを信じ受け入れることを強くお勧めします。この方以外に私たちの確かな導きはありません。一刻も早く人生で一番大切な決断を済ませてください。
今日もこのブログを訪れて下さり有り難うございます。
皆さんの上に私の愛する神、主イエス・キリストの平安が大いに降り注ぎますように。
神と人の本当の関係.WAV
(「あなたが救われるためには?」:http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/114496759.html)
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